家族・じぶん・10年

仕事からの帰り道、実家の母に電話した。来週、出張で実家へ帰る段取りを口実にたわいもない会話がしたかった。

 

わたしたちの会話はいつも、あちこちに飛んでいく。
話は10年前の家族の危機に。みなそれぞれに苦しんだ。悩んだ。悲しんだ。逃げた。それでも助けたいと思った。最終的に、人の心は家族でも変えられないと知った。変えられるのは、じぶんの考え方だと気づいた。

 

今だから話せる、あの頃の話。そういうこともある、と思えるようになった。母もそういう気持ちだと思っていた。しかし、何か詰まるものを感じる。なんだろう。言い訳?説得?わからない。わたしの気持ちは伝わっていないのだろうか。決して母を責めているわけではないのに。そうか。気持ちが伝わっていないのではない。わたしが母を客観的に見ているのだ。母の迷いや困惑を感じとれる私になったんだ。それは、結婚という幸せを自分の手で手に入れたことに自信を持てているからだ。主人に感謝。あなたがわたしも変えてくれた。

 

10年は、長い。何も進んでいないように感じることもあるが、確実に時計の針は進んでいる。今日わたしはそれを感じた。このキーボードを打つ手も、じぶんの選択。
責任と覚悟を持って10年を過ごせば叶わない未来はない、そう思える今。ありがとう、お疲れさま。今日のわたし。明日の朝は、きっと新しいじぶん。10年後の朝は、ハワイの波音を聞きながら今日は何を書こうかと目覚めているはず。その隣にはいつも、わたしを見つめる主人がいる。