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まいにちワンダーランド

いくつになっても悩みはつきない。あーでもない、こーでもないともがく日々。けれど、ちょっと目線を変えればふふっと笑えたり、やっちゃったテヘみたいになったりする。そんなまいにちがワンダーランドだったりして。旦那さんと娘と3人暮らし。

おねがいごと。

おいでやす京都
夏の気配を感じるあの日、私は思い切って友人を誘い出した。行き先は、たったひとつだけ願いを叶えてくれるお寺。その頃の私は、結婚したくて仕事も生活も丸ごと変えたばかりだった。

あれからちょうど3年が経った今日、「新しい願い」を思い立ち、そこは初めてという主人を連れ立って鈴虫寺に向かった。

ゴールデンウィーク明けのせいか、観光客も少ないようだった。しかし、説法が始まる直前になると、定員200名のお座敷が3分の2程埋まった。心地よい鈴虫の声と庭に見える新緑。懐かしい景色に心が浮き立ち、主人にこんな話が聞けるよ、などと得意げに語っていると住職さんがゆっくりと入ってきた。

一瞬の沈黙。緊張をほどくように柔らかい声ですぅっと説法が始まった。説法といっても、堅苦しいものではない。程よい間とユーモアが交えられ、落語を聴いているような錯覚を覚える。10分ほど過ぎたあたりから、いよいよ本題。「ここのお地蔵さんは、どんな願いでもひとつだけ叶えてくれます。ただ、それにはお願いの方法があります。」次の言葉を待つその一瞬、それまで気持ち良く泣いていた鈴虫もしんと聞き耳を立てているかのようだった。

そのひと言に、私ははっとした。「恋人が欲しい人は、自分にふさわしい人に出会えますようにと願いなさい」わたしの隣に座っているのは、まさにその人。お地蔵さんが連れてきてくれた、私にふさわしい人。3年前にも聞いたはずなのに、忘れていた。今の幸せは当たり前で、自分一人でここまできたような気になっていた。違ったんだ。これまで出会ったすべての人のおかげで、今の私があるんだ。何もかも一から始めようとしていたあの時、感謝や素直な気持ちを忘れずにいたから私にふさわしい人を見つけられたんだ。

はっと我に返って横を見ると、にっこり笑ってこちらを見ている主人と目があった。20分の説法を終え、二人でお守りを買った。そのお守りを持ってわらじを履いたお地蔵さんの前に並んで立ち、教えられた通りに手を合わせた。目をつぶり、お地蔵さんに話しかけた。まずは、隣にいる人を紹介してお礼を言った。新しいお願いごと名前と住所を伝えた。ゆっくりと目を開けると、お地蔵さんの後ろから夕日がこちらに差していた。隣にいる主人が「連れてきてくれて、ありがとう」と言った。私は少し微笑んで、手を握った。80段の階段を下りると、住職さんが最後に教えてくれた言葉が飾ってあった。「他不是吾」たはこれわれにあらず。自分の人生は、自分でしか生きられない。

ここに、私はこの言葉を付け加えたい。自分でしか生きられない人生を、周りの人のために生きる人でありたい。愛するあなたにふさわしい私であるために。