まいにちワンダーランド

~過去をはき出し光に変える毒出しエッセイ~森中あみ

あなたみたいな人になりたい。うっかり送信メールが夢に変わるまで。

 

出会いは偶然だった。暇つぶしに見ていたフェイスブックのタイムラインに出てきた。

 

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たしか、「働く女性を応援します」とか、そんなメッセージだった。仕事の休憩中で、ぼんやり、たぶんだるそうにスマホを見ていた。大学時代の友達から話があると持ちかけられていて、めんどくさいけど返事しないとなと思っていた。返事をするのがイヤだったからなのか、本当にピンときたのか、スクロールする親指がとまった。このまま流してはいけない気がした。数秒後には、はじめて見たその人にメッセージを送ろうとしていた。「はじめまして。メッセージを見てピンと……」いやいや、やめよう。勢いでやることじゃない。キャンセルボタンを押すつもりが、送信。あ……。


 
ごめんなさい。間違えて……の途中で、「はじめまして! ありがとうございます!」と返事がきてしまった。だけど、なんだかホッとした。送りたかったんだと思う。この人と話がしたかったんだと思う。そんな軽い動機をこの人は受け入れてくれた。これが、私とコーチとの出会いだった。


 
それから2ヵ月後、大阪の梅田で会うことになった。当時の私は会社を辞めたいと、毎日そればかり考えていた。理由は、あの人がイヤだ、この人がむかつく、誰も私を認めてくれないと人のせいにして。何でも聞いてくれるというコーチに、ぶちまけようと意気込んでいた。しかも、私のように長く働いて、役職をもらえているようなキャリアのある女性を応援したいと言っていたし。


 
平日に京都から大阪に行くなんて、久しぶりだった。約束は夕方だったけれど、少し早めに家を出た。ホームで電車を待っている間、何気なく見た線路がずっと先まで続いていて、この先に何かが待っているようなワクワク感もあった。数年前にできたばかりの大阪グランフロントの7階が待ち合わせ場所だった。エスカレーターで上がるにつれて人が少なくなってきて、会議に使われるようなところだろうな、とちょっと緊張してきた。


 
指定されたお店に着いた。だけど、閉まっている。するとメッセージがきた。「ごめんなさい! 今日はお店が貸切みたいで! 今どこにいますか? 私はもう着いてます!」え? 私も5分前から着いてるんですけど。きょろきょろ見回すと、向こうからそれらしき人が笑顔で小走りしてくる。写真よりも話しやすそうだった。せっかく選んだお店に入れないなんていうハプニングがあったおかげで、緊張もどこかに消えていた。


 
「ごめんなさいね。どうしよう。この下にカフェがあるんだけど、そこでもいいですか?」ゆっくり話せなさそうだけど、他にお店も知らないから仕方ない。言われるままに着いていく。通されたのは二人がけのテーブルが並んでいる真ん中のあたり。両サイドに人もいる。大丈夫かな。あまり人には聞かれたくないことなんだけど。不安の中、飲み物を注文する。


 
軽く自己紹介のあと、「じゃあ、さっそく始めましょう」はじめてのコーチングが始まった。私はため込んでいた思いを迷いなく話した。「会社がイヤなんです」「そうかぁ、でも、もし会社をやめる以外にもできることがあったとして、そこから考えていきましょうか」え、話したいことと違うんだけど。結局、辞めるのを止められるのか。働く女性を応援するとか言って、結局、後悔させたくないんだよね。


 
「まず、人間関係から整理していきましょう。ここにあみさんの職場があります」A4の真っ白な紙がテーブルの上に置かれる。「思いつく限り、職場の人を置いていってください」今度はふせんとペンが出てくる。職場の配置を説明するの? なんなんだろ。「まずは私がここにいて……」「うんうん」「上司がここにいます。後輩が二人いて、あとちょっと離れたところに人がいて……」「うんうん、この離れた人はどんな感じ?」「どんな感じって……当たり障りのない人です」「うん、わかった。続けましょう」
 


いったい何をしているのかわからない。だけど、名前を書いていると、いろんなエピソードが思い出される。あの時わたし、めっちゃ悔しかったんだよね。でも、後輩がわかってくれたから持ちこたえられた。でも、この人だけは許せない。ひどい。本当はできる人なのに、人の気持ちをわかろうとしない。職場の配置図がほぼできあがりかけた頃、私が一番ネックになっている人の名前を書いた。会社を辞めたい一番の理由。それを話し出すと熱くなってくる。隣で夕食っぽいものを食べている女子たちが、こっちをチラ見してくるけど、どうしても聞いて欲しいから、もう気にしない。


 
気づけば、1時間が経っていた。「できましたね。お疲れさま。さて、もう終盤ですよ。核心に近づいてきています」え、なにが? 「さぁ、あみさん、今作ったものを、くるっとまわしてみてください」「え、こうですか?」私を中心にたくさんの人の名前が書かれた紙を180度、回してみた。すると、一番手前にきたのは、一番ネックのあの人だった。「あみさん、ちょっと考えてみてください。この人から見て、職場やあみさんは、どう見えていますか?」あ……。「めっちゃ離れてる」「そうですね。この人は、どう思っていると思いますか?」「……もっと近づいて欲しい。本音を言って欲しい」なんだか力が抜けた。「そうかもしれませんね。あみさんの感じたようにやってみると何か変わるかもしれませんね」


 
次の日、離れたところにいる、あの人に目をやると、疲れているように見えた。そして、一人ぼっちでさみしそうだった。権力がある人は、何でも好き放題やれていいよな、と思っていたけれど、誰も自分に意見してこないって、たまに不安なのかもしれない。言いたい放題言う人なんだから、こっちも言ってやろう。そう思うと気がラクになった。「もう少しだけ、やってみようかな。それから、また考えよう」コーチから教えられたわけじゃない。自分で出した結論だった。


 
あれから2年。あの結論に後悔はない。もし勢いで辞めていたら、ムカムカは残ったままだった。コーチは私に、アドバイスじゃなくて、自分から逃げないための気持ちをくれた。どうすれば後悔なく、前向きに、私らしく生きられるのか。100%カンペキな人なんていない。わかっているのに求めてしまう。がんばりすぎて、すぐに疲れる私に、今も月に一度、元気をくれる。ネガティブな時があったっていい。どうしてそう思ったの? どうなりたいの?


 
「誰かの人生の道を太くする、きっかけになりたい」今日の私は、力強くそう言った。「いいですね! それ」ありがとう、コーチ。今、気づきました。私の選択肢を広げ、人生の道を太くしてくれたのは、ぜったいにあなたです。あなたみたいに、誰かの可能性を一途に応援できる人になりたいんです、私。見ててください。もうすぐなります。そのとき、あなたの人生の道も太く感じてもらえたら、うれしいな。

 

あなたみたいな人になりたい。うっかり送信メールが夢に変わるまで。《ふるさとグランプリ》 | 天狼院書店