まいにちワンダーランド

~過去をはき出し光に変える毒出しエッセイ~森中あみ

ぜったいに泣いてしまうから

赤ちゃんが泣くのはいいと思う。

でも、母親が泣くってさ…。

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ミルクもたっぷり飲んでくれる。よく寝てくれる。日に日にお目めがぱっちりしてくる。くじらの鳴き声のようなキューンとした声で訴えてくる。この世の終わりのような泣き叫びは聞いたことがない。

 

おなかの中にいるころから空気を読む子だったけれど、まさかここまで手がかからないとは。うちの赤ちゃんはぜんぜん泣きません。

 

その代わり。母親が毎晩のように泣いています。夜になるとふたりきりの授乳時間。そのときにポロポロ涙がこぼれる。ミルクをあげながら小声で話しかける。「ともちゃーん、まいにちたのしいねぇ。おじいちゃんとおばあちゃんのこと、わすれないでいようねー」

 

産まれてから約1ヶ月間を過ごす、この実家での生活をこの子は覚えていないんだと思うと、モーレツに悲しくなるのです。

 

母親がぽろっと「ともちゃーん、おばあちゃんのことおぼえといてねー」といったときの背中。自分がやった方がはやいのに、いずれはひとりでやることになるわたしのためを思って、ぐっとこらえる手。

 

近づきたいけれど、遠くから見ているだけだった父。めずらしく赤ちゃんを抱っこしたいと言ってきたので、ミルクもあげてもらおうと面白半分で渡したところ、まさかの完ぺきな安定感。最短記録でミルクを飲み干させた。そのとき、イスに座っているのにつま先立ちで痙攣してた父の大きな足。

 

そんなふたりに育てられたわたしは、母親になっても、いや、母親になったから、ぜったいにぜったいに別れのときに泣いてしまうと思う。赤ちゃんよりも盛大に。

 

出産祝いにスーパーで買ってきてくれた大好物のお寿司、赤ちゃんのお世話でもたいへんなのに作ってくれた母の鯛のお吸い物、豚汁、たけのこごはん。父がやっと見つけたと喜んでいたフレンチトースト。妊娠中にわたしが食べたいといってたもの。

 

それから、それから、

深夜に上半身に何も身につけず、ただ呆然と授乳してたわたしを、後から思い出し笑いをする母。「あんなに寒がりな子だったのにねぇ」赤ちゃんのゲップがでないとあせるわたしの隣でゲップをした父。「ご、ごめん」

 

旦那さん似と言われる智子だけど、わたしに似てるところをたくさん見つけてくれる母。小さな小さな智子の手を大きな大きな指でツボ押しをするしぐさをして、照れる父。

 

退院してまだ4日なのに、もうこんなに思い出があるんだよ。智子、お母さんがここにたくさん書いておくから、いつかこれを読んで、お母さんのおとうさんとおかあさんのことを「だいすき」だと言ってあげてね。おねがいします。

 

あんまりおねがいはしないつもりだけど、それだけはどうか、よろしくおねがいします。

 

 

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