まいにちワンダーランド

~過去をはき出し光に変える毒出しエッセイ~森中あみ

乳首が透けても、そこはパリコレのランウェイ

どんなに仲のいい友達でも、ひた隠しにしていることがある。それは、わたしは家の中で着替えないということ。

 

パジャマと部屋着の区別がない。生まれたときからあたりまえで、パジャマという単語も知っていたけれど、朝起きたらパジャマを部屋着に着替えるなんて、父も母もしていなかったから、そんなもんだと思っていた。だけど、中学2年のころ、友達の家に女7、8人で泊まりにいくことがあった。パジャマを持っていなかったわたしに、母がこれにしなさいと渡してくれたのは、ものすごい派手な花柄のスウェットで、「なにそれ!」と大笑いされたのを覚えている。

 

そんなことがあっても、わたしはへこたれず、暑すぎる日は弟か父がはき古したトランクスをパンツ替わりにはくなんて、やばいことをやっていた。それは家の中だけでの話しだから別にいいと思っていたし、さすがに宅急便がきたときに、トランクスで玄関をあけるなんてことはなかった。なによりラクだった。毎日洗濯すれば、清潔だし、わざわざ人が見ていないところで、せっせと着替えるめんどくささよりも、ラクさをとるのがうちの家だった。

 

他にも、締め付けたりするものはとにかくキライで、ヒールをはくのは結婚式くらい。ブラジャーも家に帰ったらすぐにはずしていたし、胸の形がわからない洋服なら付けない日もあった。いけないのは、なんとなくわかっていたけれど、それで人間関係に支障がでることもなかったし、なんせラク。ラクを捨ててまで、流儀にこだわるつもりもなかった。

 

けれど、わたしが結婚した相手は冗談半分で「皇太子のように育ちました」と言っても、本当に聞こえるほど、流儀やルールを大切にする人だった。夏には夏用のパジャマ、冬用、春秋用なんてものまで持っていた。おふろあがりは、お互いTシャツ、短パンと似たような格好をしているのに、寝るときになると夫は、いつ着替えたのか上下おそろいのパジャマでボタンも上から下まできれいにとめて、ふとんに入る。

 

わたしにパジャマを強要する人ではなかったけれど、なんか自分がだらしない人のように思える夜もあり、イオンをぶらついていたときに、たまたま下着屋さんで見つけたセールのパジャマっぽいのを買ってみたけれど、それを上下おそろいで着た日は数日しかなく、上はいつものTシャツで、下は勢いで買ってみたパジャマ風のものと、結局なにも変わらない格好に落ち着いてしまうのだった。

 

別にそれでケンカすることもないし、かわいいパジャマとかへの憧れはあるけれど、もう私はその領域にいくことはないと思っていた。夫もそれでいいはずだし。

 

それでも私はひとつだけ気になっていた。それはTシャツからいつも乳首が透けて見えていることだった。そこの恥じらいを本当にどうでもいいと思ってしまったら、もう夫婦はおしまいな気がする。でもTシャツ一枚だとどうしても透けるし、冬でも油断すると形が浮き出ていた。

 

夜用のブラジャーも買ってみたけれど、締め付け感がイヤでボツになった。パジャマはめんどくさいといいながら、ちゃんとした感じも捨て切れていないのだ。いつも一緒にいる相手が毎晩、きれいに着替えているのを見ているから。けれど、長年の習慣は捨てられない。かといって、皇太子さまのように育てられた夫に、乳首スケスケのスタイルを認めてくださいと正面気って言えるほどではない。

 

乳首は空気のように、ないものとしていつもそこにあった。結婚してすぐの頃は、ツッコミ合っていたけれど、もう話題にもならないほどあきれられているのかもと思っていた。

 

昨晩、夫が歯磨きをしながら「なんかそれ、パリコレみたいやね」と言った。「え?」「乳首、透けてる」2秒の沈黙。「あー! いいね、それ! めっちゃいいたとえやん!」わたしは高揚していた。わたしの乳首を一番認めてほしいけれど、一番認めてくれそうになかった夫が、あの皇太子もどきの夫が、わたしの乳首をパリコレだと言った! 

 

「そうやね! それでいいね! これからはパリコレのつもりでおれば、いいね! もうブラジャーもいらんね!」ここぞとばかりに、自分のズボラ度を認めてもらおうとたたみかけた。「いや、ブラジャーは……。ファッションだから。ブラジャーの形があるとファッションにならんやろ」夫はそこはちがうと一生懸命、説明しようとした。

 

「え……。じゃあ、やっぱりブラジャーはつけて欲しいってことなんや」「だって、あみちゃんのおっぱいが新喜劇みたいに垂れたらイヤやもん。こんな風に」おばあちゃんの乳首が腰のあたりまで垂れている新喜劇のネタを、手でマネた。

 

わかった、と残念そうに言いながら、わたしはほっとしていた。あぁ、夫はわたしをまだ女として見てくれていたんだ。よし、わかりました。家の中の乳首はパリコレっぽく、堂々とさせていただきます。そして、外ではあなたの妻であることを忘れずにブラジャーを着けていきたいと思います。わたしのズボラ度をちょうどいいところで、受け入れてくれてありがとう。

 

乳首が透けても、そこはパリコレのランウェイ《ふるさとグランプリ》 | 天狼院書店

 

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