まいにちワンダーランド

~過去をはき出し光に変える毒出しエッセイ~森中あみ

だいすき、が言えなくて。

お母さん、だいすき。

子どもはそう思って生まれてくると信じてる。

私だって。

だけど。

お母さん、だいすき。
素直に言えた記憶がない。

昔から好きなものがいっぱいあった。お気に入りのおもちゃ、おねだりして買ってもらったカーディガン、キラキラのふでばこ、フワフワのぬいぐるみ。ぜんぶ好き。だけど、私の目にはたった一つしか映らない。さっきまで手に持っていたオモチャがなくなっても気づかない。カーディガンを脱いだ場所、どこだっけ?

「なんでちゃんと持っとかないの!」大好きなお母さんに怒られる。「大事なものなら忘れないでしょ!」そうだよね、お母さん。「どうでもいいと思ってるからでしょ!」ちがうよ、お母さん。「あんなに大きな声で呼んだのに!」ごめんね、お母さん。「やっぱり無視してたんだ!」聞こえなかったの、信じて、お母さん。

お母さんの声も届かないくらい好きなものに集中してしまう私が悪いんだ。嫌われたくない。お母さんの言う通りにしよう。ほめてもらいたかった。お母さんの顔色以外に興味を向けないようにした。

好きなものをどんどん閉じ込めていくうちに心もどんどん小さくなった。私もいつかはお母さんになる。それならもっと強くならなきゃ。大人で強いのは……社長だ。中学でいじめられたときも弱い自分を責めた。強くなることだけを考えた。方法もわからないのに。

大学に行っても社長になる方法は教えてくれなかった。学生起業家の先輩には「好きなことを見つけてからにしなよ」と言われた。好きなものなんてわからなくなっていた。サークルで気になる男の子にも女友達とは付き合わない主義だって言われてすぐに諦めた。ほらね、私の好きなものはダメなんだ。

強くなりたいのに自信がなくて誰かの好きを頼りに生きた。アルバイト先の女将さんがスチュワーデスっぽいって言ったからマルタ共和国に留学した。私を好きだと言ってくれるスイス国籍の彼と5年半の遠距離恋愛で結婚した。ドイツ航空のキャビンアテンダントにもなった。だけど彼との生活は少しずつ崩れていった。

もっと強くならなきゃ。子どもができれば何か変わるかもしれない。月に10日しかない結婚生活を不妊治療にあてた。それなのに2人目の命も私の中で消えた時、見ていた映画が途中で終わるみたいに何も進まなくなった。自分が生きてるのか死んでるのかもわからない。動けない。どれくらいそうしていたのかわからないけれど、真っ暗な部屋のベッドの上で小さくなっていたら、バタンとドアが閉まる音がした。彼が家から出ていった。

このままじゃ死ぬ……助けて。声を出そうとしたら唇が切れて血が出た。水も飲んでいなかった。何か食べなきゃ……。よろよろ起き上がって冷蔵庫を開ける。義理のお母さん自慢の手作りヨーグルトがひとつ。吐きそうになりながら、喉の奥に押し込んだ。体が乾いて涙もでなかった。惨めすぎた。

お母さん、旦那さん、友達。大好きな人たちの誰からも好かれない私。好きになってくれるはずの子どもさえ産めない弱い私。流産してからの記憶がほとんどないくらい、自分に絶望した。

2年間の結婚生活に終わりを告げ、ドイツに引っ越した。ひとりになった部屋で小さな頃の記憶がよみがえる。大好きだったものたち。ぜんぶ、ぜんぶ、すきだよ、大好きだよ。友達もみんな、みんな好きなのにうまくできなかった。どうしてなの。

……。

わたし、伝えてない……。好きだよってまっすぐ言えたことない……。 お母さんに払いのけられた手のやり場がなくて、悲しくてこわくて、本当の好きを封印した。こんな思いをするくらいならガマンしようと思った。

だけど、どうしようもないところまできてしまった。それなら……。職場に復帰してはじめてのフライト。滞在先の東京のホテルから電話をした。大学生になってすぐ、サークルで気になった、あの彼に。友達でいられなくなるかもしれないけれど、勇気を出して自分の好きに手を伸ばしてみた。

「俺でよければ」

3年後、再婚した。自分の好きでまわる世界は毎朝、花が開くように色鮮やかだった。彼との子がほしい。授かった3つ目の命はまた消えてしまったけれど、もう私は絶望しなかった。悲しくても好きを伝えた。「自分の子じゃなくてもいい。それでも母親になりたい」里親になるため9ヶ月間の手続きを終え、子どもを迎える準備が整った頃、職場でめまいに襲われた。妊娠していた。

祈りの10ヶ月が過ぎ、はじめて我が子を抱いた時、決めた。この子にはぜったいに伝える。好きの大切さを。命は、自分の好きに素直になってこそ輝くんだと。

キャビンアテンダント時代、ファーストクラスで映画の授賞式に向かう監督に出会った。スピーチの翻訳を頼まれ、「子どもの頃からたくさん勉強されたんでしょうね」と聞くと、意外な答えが返ってきた。「いや、僕は自分がやりたいことしかできないタチでね。両親は何でも思いきりやらせてくれたんだ。学校の先生にはそりゃ叱られたけどね!」返事に困る私に彼はさらに言った。「授賞式でなぜこの映画ができたのか聞かれたら、好きなことしかできなかったからって答えるだろうね」と子どものように笑った。

「好きを貫けば、一流になる」
これがファーストクラスチャイルドアカデミーの根本理念。

まっすぐな気持ちで生まれてきたはずの赤ちゃんが常識にうもれて好きを見失っていく。それは不幸だ。たくさんまわり道して、傷ついて傷つけた私だから言える。幸せになりたいなら、好きを忘れずに生きよう。まずは親のあなたの手助けが必要。子どもがめげそうになった時、親の応援こそ心強いものはない。

母親になってあらためて思う。

お母さん、だいすき。
これからはたくさん言いたい。あなただって、あなたの子だって、きっとそう。思い出して。

そして、お母さんに伝える。

お母さんと同じくらい、自分の好きもだいすきだよ!

子どもの幸せは、大好きな親に認められることから始まる。才能は好きから花開く。過去のすべてを忘れたくない。だから私はやる。一流になる子を育てる。私を大好きだと言ってくれる子どもたちの好きを信じて。

Theme song of this essay is アイ 秦基博

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またひとつ、人生を書きました。

数時間にもおよぶインタビュー、校正の途中で本人すら忘れていた、思い出したくない過去がフラッシュバックしてきたそうです。

ですが、もうウソはつきたくないという本人の強い意志と私への信頼感がこれを書かせてくれました。

ストーリーライターとしての器を大きくしてくれたこと、出会うべくして出会った人だとあらためて感謝します。

向き合うにはパワーがいる。そう痛感しました。

一人では立ち向かえなくても、誰かが側にいてくれたらがんばれる気がする。

その相手になれたこと、うれしく思います。

過去をなかったことにしない。ぜんぶ自分。だから今、思うこと。あたらしい世界に飛び出して迷ったとき、このエッセイでとことん自分と向き合ったことがかならず生きてくるよね!

私もまたひとつ、光になったよ、ありがとう。

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本人とのエピソード→私を傷つするけた小説の主人公に救われる。言葉ってやっぱりおもしろい。

 

野田早百理さんが学長を務める→ファーストクラスチャイルドアカデミー

あなたの闇を光に変えてあたらしいステージへの扉を開く