まいにちワンダーランド

~過去をはき出し光に変える毒出しエッセイ~森中あみ

本当のことは誰も言ってくれない。好きだけじゃダメなのね。

こんなはずじゃなかった……。

正直な気持ち。でも誰にも言えない。だって、望んで、望んで、病院にも通って産まれてきた子だもん。

「お母さんしかダメな時期がくるよ。きついよー」
「マジで何もできんよ」

育児には覚悟が必要だ。産んでからが大変だ。先輩ママたちのアドバイスは嘘だとは思わなかったけど、自分には半分くらいしか関係ないと思ってた。むしろ、そういうママたちを覚めた目で見ていた。だって、わたし、子ども大好きだし。

 

大変なのはわかる。でも、それなりの覚悟はある。仕事を休んで、念願の専業主婦にもなれるし。ありがとう! 赤ちゃん! まあるく張ったおなかをさすりながら、私だけは大丈夫、そう思っていた。いざとなれば、助けてくれる人はいるんだし。家族だけでなく、通りすがりの人にまでいたわってもらえる日々がこのまま続くと思っていた。

それは完全に気のせいだった。気遣ってもらえるのは妊婦のときだけ。思えば、あの頃が一番幸せだった。産んでからが大変なのに、誰も手伝ってくれない。お母さんしかダメなのはわかったけど、私じゃなくてもやれることすら、ぜんぶ私がやらないといけない。専業主婦だから。腕がイタイ。肩がイタイ。腰がイタイ。ついに膝まできた。それなのに、娘はどんどん重くなる。そして、どんどん私を求める。助けを求めるのは、あの時の自分に負けるみたいでイヤだった。

あー、マジでこんなはずじゃなかった。オムツのCMで見るような、幸せにあふれた母と子の笑顔なんて、どこにもない。真っ白でキレイなリビングもない。窓から光が差し込んで、風にカーテンがゆれる、さわやかな空気なんて、ない!

 

髪ボサボサ、肌ガサガサ、めがね跡くっきり。娘の顔はよだれでドロドロ、服は汚れっぱなし。リビングの床はベタベタ。ずっと引きこもっているから、部屋の空気は重苦しい。こんな生活だなんて、誰も言ってくれなかったよね? もしかして、私だけなの? どんどん追い込まれる。

それでも娘は毎日成長する。こんなにボロボロの私でも、母だと認めてくれる。生まれてすぐの頃に比べたら、ごはんも食べられるようになった。病気を怖がり過ぎなくてもよくなった。あやせば、泣き止むようになった。一日一日は大変だけど、一ヶ月前と比べたら、楽になったこともある。

 

もう少しがんばれば、歩けるようになれば、もっとラクになる。そう言い聞かせていたのに、娘が歩き始める一歳まで、あと三ヶ月を切った頃、三人の子どもを育てる友達から応援メッセージと一緒にとどめの一発がきた。「そのうち、抱っこひも、ベビーカーも拒否、昼寝なしのハードな時期がやってくるよ。子育て、大変だけどがんばろうね!」

えーーー! なんだとーーー! 聞いてない! なんでそんなことになるの? ってか、本当に聞いてないしね! 「大変だよ」なんて、ふんわりした言葉じゃわからない。一人の時間がないことの辛さ、集中していることを突然やめされられることのイライラ、会話にならないもどかしさ。その人の相手を一日最低でも12時間、たった一人でするなんて、これはいったい、なんの修行? 私は修行するために子どもを産んだんじゃない。かわいい我が子が家族になったら、もっと幸せになれる。そう思っただけ。それだけじゃダメなの? 好きだけじゃダメだったの?

「やっとわかったね……」どこからか声がした。それはまだ私が子育てを夢見ていた頃、アドバイスしてくれたお母さんたちの声。「ついに、こっちの世界の辛さがわかったね。」暗闇から目だけを光らせて、こっちを見てる。「だから言ったでしょ」外の世界では決して見られない顔。外のお母さんはみんな、CMに出てくるような笑顔で子どもと遊んでる。だけど、家に帰ればそこは戦場と化す。

「幸せ? そんなの当たり前。だけど、それだけじゃない。人生なんて、そういうもの」私は愕然とする。本当の、本当のことは誰も言ってくれない。だって、いくら言ってもわかりっこない。自分がそうだった。いろんな人に、いろんなアドバイスをもらったけど、心に響いたものはひとつもなかった。むしろ、うとましく思うこともあった。

「そういうことか……」一人、納得する。好きだけじゃプロにはなれない、好きだけじゃ結婚できない、好きだけじゃ子育てはできない。これまでは、なんとなくわかるようで、納得できない言葉だった。今ならわかる。何かを始めるときは、覚悟が必要なんだ。

 

壁にぶち当たっても、こんなはずじゃないことが起きても、光が見えるまで、どうにかやりぬく覚悟。壁はきっと乗り越えられる。そのための心の準備はできても、回避はできない。でも逃げて欲しくない。その先には先輩たちがたどり着いた、光あふれる景色が待っているから。

 

だから私も「子育てって、どうですか?」とキラキラした目で聞かれたら、笑顔でこう言う。「やっぱり子どもはかわいいよ。でも、それだけじゃないけどね……」がんばって! の言葉は飲み込んで。

本当のことは誰も言ってくれない。好きだけじゃダメなのね。《ふるさとグランプリ》 | 天狼院書店

 

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