まいにちワンダーランド

~過去をはき出し光に変える毒出しエッセイ~森中あみ

愛なんて、もう意味ないと思ってた。

もう限界だった。娘の鼻水がとまらなくて、夜中に何度も起きる日が1週間も続いていた。夫が休みになる日を待っていたのに、せっかくの土曜の夜に夫は友達との鍋パーティに行ってしまった。怒りがおさまらなくて、そのハライセに次の日はマッサージに行かせてもらおうと、夫宛の置き手紙をテーブルの上に置いた。

だけど夜中の12時をまわって帰ってきた夫は次の日、昼の13時まで寝ていた。時間的には間に合ったけれど行きつけのマッサージ店のネット予約画面が「当日予約は電話で」に変わっていたことで、さらにテンションが下がった。

「もういいよ、今日どうするか決めて」

申し訳なさそうな夫に、投げやりに言う。

買い物も晩ごはんのメニューも、すべて私が決めることにも疲れた。できれば、晩ごはんなんて作りたくない。もう15時を過ぎてしまっているし。結局、いつものイオンに買い物に行くことになる。いつも通りの休日。ストレス発散もできずモヤモヤの中、外にでる。しとしと雨が降っていて、なんかムダに落ち込む。

買い物を済ませ、晩ごはんは外食でもなく、肉うどんを作ることになった。いつも通り。娘がぐずらないうちに作り終えようと必死になっているのに、夫はまだ食べるタイミングではないと。はい、これもいつも通り。もう怒る気もない。殺気を感じたのか、夫が着替えも途中のまま、やっぱり食べるという。これもまた、いつも通り。

最近は何もかも、どうせいつも通りでしょ、と乗り越える力もでない。どんなことがあっても愛があれば、乗り越えられる。出産する頃までは信じていた。だって、娘はまぎれもなく愛の結晶だし、これから先も私たちは大丈夫。そう思っていたのに一年足らずで、夫がわかってくれないことも、私の気持ちがいつもふさいでいることも、愛なんて探してもどこにもないことが私たちのいつも通りになってしまっていた。

ずずっ、ずずっ。

リビングにテレビの音と肉うどんをすする二人の音だけが聞こえる。娘はなぜか抱っこをせがんでこない。いつもみたいに娘が間に入ってきてくれたら、むなしい空気もすこしはなくなるのに。

さっさと食べてしまおう。そう思って汁を一口すすったら、あの日のことを思い出した。それは出産の前日。福岡の実家でのリビング。昼もすぎて14時頃だったかな。出血はあったものの、微弱陣痛だからと病院に言われ自宅待機していた。前の晩に緊張したせいで、ガーガーいびきをかいて昼寝から起きた私に母が肉うどんを作ってくれた。すごくおいしかった。空きっ腹に染み渡っていくのを感じた。

結局、その肉うどんが出産前の最期の食事になった。それから約30時間は、ほぼ何も食べられなかった。食べたくても気持ち悪すぎた。つわりがなかったから、吐き気や食事がのどを通らないことが、とてつもなく辛かった。最期の食事が、あの肉うどんでよかった。汁まですすっておいてよかった。また食べられるだろうかと思ったことを思い出した。

「聞いて欲しかったんよ・・・・・・」

なんとなく口から出た。目の前の夫は何も言わない。でも話し続けた。

「ともちゃんの鼻水がとまらなくて、ごはんも食べてくれなくて、またミルクばっかり飲んで、夜も眠れないし、どうしようってずっと思ってて、やっと土曜日になったから相談できると思ったのに、夜いないって言われて……」

夫が顔をあげた。

「そうか……どこかに相談できるとこないの、ほら、いつも遊びに行ってるところとかで……」

「ちがうよ、やすくんに聞いてほしいんよ。答えがほしいんやない。聞いてほしいだけ」

「そうか、わかった」

夫の言葉はいつもよりずっと少なかった。普段ならもっと会話になるはずなのに。わかってもらえてないのかもなと思ったけれど、それでもよかった。自分で自分の気持ちがやっとわかったから。

昨日の夜は、帰ってこない夫にぷりぷり怒りながら、布団の中で「なんでこんなに怒ってるんだろ」と、ひとり言を言ってみた。自分でもフシギなくらい夫への怒りがすごかった。沈めたくて口にだしてみたのに、それでもわからなかった。

でも、肉うどんを食べたあの日の気持ちを思い出したら、するっと言葉がでてきた。「聞いてほしい」ただそれだけだった。マッサージに行きたかったわけじゃない。今あなたの娘はこんな感じで、私はこんなに不安なんだよ、て知って欲しかった。ただそれだけ。本当にそれだけ。そう思ったら、怒りもどこかへ消えてった。

その晩、娘の鼻水もすこしとまった。自分で自分の気持ちを知ろうと思っても、わからないこともあるんだなと知った。これからもきっと、こんなことがたくさんあるんだろう。自分でもどうしたいのかわからないこと。外に出て働く夫と、子どもの成長を気にしすぎる妻の差。

わかってくれない。でも、それで終わっちゃいけない。そんな生活を選んだのは、私たち。そうするしかないかもしれないけれど、それに流されて、受け身になって、仕方ないと諦めるのはイヤだ。わかってもらおうとすることを諦めちゃいけない。ふたりで選んだ生き方だから。

ちょっとだけ歩みよれば、すぐそこに寄りかかれる肩がある。すこしくらい寄りかかっても大丈夫。がんばりすぎるな、わたし。お仕事おつかれさま、夫よ。そして、お母さん、肉うどん、おいしかったよ。

そんなことを考えていると、ずっと引きつっていた頬がゆるんでいくのを感じた。

そして、夫が言った。

「肉うどん、おいしい」

結局・・・・・・愛なんだ、ね。

 

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