まいにちワンダーランド

~過去をはき出し光に変える毒出しエッセイ~森中あみ

乳首が透けても、そこはパリコレのランウェイ

どんなに仲のいい友達でも、ひた隠しにしていることがある。それは、わたしは家の中で着替えないということ。

 

パジャマと部屋着の区別がない。生まれたときからあたりまえで、パジャマという単語も知っていたけれど、朝起きたらパジャマを部屋着に着替えるなんて、父も母もしていなかったから、そんなもんだと思っていた。だけど、中学2年のころ、友達の家に女7、8人で泊まりにいくことがあった。パジャマを持っていなかったわたしに、母がこれにしなさいと渡してくれたのは、ものすごい派手な花柄のスウェットで、「なにそれ!」と大笑いされたのを覚えている。

 

そんなことがあっても、わたしはへこたれず、暑すぎる日は弟か父がはき古したトランクスをパンツ替わりにはくなんて、やばいことをやっていた。それは家の中だけでの話しだから別にいいと思っていたし、さすがに宅急便がきたときに、トランクスで玄関をあけるなんてことはなかった。なによりラクだった。毎日洗濯すれば、清潔だし、わざわざ人が見ていないところで、せっせと着替えるめんどくささよりも、ラクさをとるのがうちの家だった。

 

他にも、締め付けたりするものはとにかくキライで、ヒールをはくのは結婚式くらい。ブラジャーも家に帰ったらすぐにはずしていたし、胸の形がわからない洋服なら付けない日もあった。いけないのは、なんとなくわかっていたけれど、それで人間関係に支障がでることもなかったし、なんせラク。ラクを捨ててまで、流儀にこだわるつもりもなかった。

 

けれど、わたしが結婚した相手は冗談半分で「皇太子のように育ちました」と言っても、本当に聞こえるほど、流儀やルールを大切にする人だった。夏には夏用のパジャマ、冬用、春秋用なんてものまで持っていた。おふろあがりは、お互いTシャツ、短パンと似たような格好をしているのに、寝るときになると夫は、いつ着替えたのか上下おそろいのパジャマでボタンも上から下まできれいにとめて、ふとんに入る。

 

わたしにパジャマを強要する人ではなかったけれど、なんか自分がだらしない人のように思える夜もあり、イオンをぶらついていたときに、たまたま下着屋さんで見つけたセールのパジャマっぽいのを買ってみたけれど、それを上下おそろいで着た日は数日しかなく、上はいつものTシャツで、下は勢いで買ってみたパジャマ風のものと、結局なにも変わらない格好に落ち着いてしまうのだった。

 

別にそれでケンカすることもないし、かわいいパジャマとかへの憧れはあるけれど、もう私はその領域にいくことはないと思っていた。夫もそれでいいはずだし。

 

それでも私はひとつだけ気になっていた。それはTシャツからいつも乳首が透けて見えていることだった。そこの恥じらいを本当にどうでもいいと思ってしまったら、もう夫婦はおしまいな気がする。でもTシャツ一枚だとどうしても透けるし、冬でも油断すると形が浮き出ていた。

 

夜用のブラジャーも買ってみたけれど、締め付け感がイヤでボツになった。パジャマはめんどくさいといいながら、ちゃんとした感じも捨て切れていないのだ。いつも一緒にいる相手が毎晩、きれいに着替えているのを見ているから。けれど、長年の習慣は捨てられない。かといって、皇太子さまのように育てられた夫に、乳首スケスケのスタイルを認めてくださいと正面気って言えるほどではない。

 

乳首は空気のように、ないものとしていつもそこにあった。結婚してすぐの頃は、ツッコミ合っていたけれど、もう話題にもならないほどあきれられているのかもと思っていた。

 

昨晩、夫が歯磨きをしながら「なんかそれ、パリコレみたいやね」と言った。「え?」「乳首、透けてる」2秒の沈黙。「あー! いいね、それ! めっちゃいいたとえやん!」わたしは高揚していた。わたしの乳首を一番認めてほしいけれど、一番認めてくれそうになかった夫が、あの皇太子もどきの夫が、わたしの乳首をパリコレだと言った! 

 

「そうやね! それでいいね! これからはパリコレのつもりでおれば、いいね! もうブラジャーもいらんね!」ここぞとばかりに、自分のズボラ度を認めてもらおうとたたみかけた。「いや、ブラジャーは……。ファッションだから。ブラジャーの形があるとファッションにならんやろ」夫はそこはちがうと一生懸命、説明しようとした。

 

「え……。じゃあ、やっぱりブラジャーはつけて欲しいってことなんや」「だって、あみちゃんのおっぱいが新喜劇みたいに垂れたらイヤやもん。こんな風に」おばあちゃんの乳首が腰のあたりまで垂れている新喜劇のネタを、手でマネた。

 

わかった、と残念そうに言いながら、わたしはほっとしていた。あぁ、夫はわたしをまだ女として見てくれていたんだ。よし、わかりました。家の中の乳首はパリコレっぽく、堂々とさせていただきます。そして、外ではあなたの妻であることを忘れずにブラジャーを着けていきたいと思います。わたしのズボラ度をちょうどいいところで、受け入れてくれてありがとう。

 

乳首が透けても、そこはパリコレのランウェイ《ふるさとグランプリ》 | 天狼院書店

 

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不器用すぎる父を許した日

書くって、人の心を動かせる。

なぜなら、心を書くから。

 

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旦那さんに勧められて応募した、父の日エピソード。知らぬ間に発表されていて、ハイボールグラスが届いて、あわてて喜んだ。

 

キライなはずのフェイスブックフェイスブックなんて死んでしまえ。 - 天狼院書店で、みんなに自慢したら、尊敬する人からコメントをもらえて、がんばること、それが報われることは人を喜ばせるんだと思った。なぜか、その尊敬する人からありがとうございますとお礼まで言われた。

 

書くって、なんだ?   とベストセラー作家にでもなった気分でもんもんとしていたが、わたしは自分のことしか書けない。それはつまり、心の話。どんな景色で、どんなタイミングで、どんな人といっしょにいて、何を思ったか。

 

特別だと思われてる人、特別だと思われたい人はいっぱいいるけれど、特別な人ってほんとうはいないんじゃないかとおもう。だから、わたしの心の話が入選した。「自分とおんなじだ」と思った人がたくさんいるから。

 

自分の話を書いてくれてありがとう。心を代弁してくれてありがとう。そんなありがとうだったら、うれしい。

 

この入選を機に、書くってなんぞやなんて、たいそうな大義名分は捨てよう。心を書く。きっと単純で、きっと気持ちがよくて、あわよくば誰かを救えるように。

 

 

【不器用すぎる父を許した日】

 

父と面と向かって話した記憶はない。

 

本当は話したい。だけど「女の子と話すのが苦手なんよ」とリビングからこそこそ出て行く父をフォローする母にさみしさを見透かされているようで、納得したフリをしていた。

 

大事な報告はいつも母経由で、本社に異動のときも、いつ知らされたのかもわからないまま、引っ越しの準備が進んでいった。

 

出発の日、母と始発の新幹線に乗るため博多駅まで送ってもらった。駅前のロータリーで「じゃあね」と別れた。それだけだった。新幹線のドアがむなしく閉まる。

 

通路側に座った私に母が「お父さん、見るって言っとったよ」と言った。え……。父の職場の屋上から、新幹線が見える。低いビルや家がたくさんあるから、見つけられないかもと身を乗り出した。

 

いた。まだスピードの出ていない小さな窓から見えたのは、しっかりとこちらを見つめ、ひとり立つスーツ姿の父だった。離れているはずなのに、ずっと大きく見えた。涙がとまらなくて、大好きなサンドイッチもしばらく食べられなかった。

 

お父さん、あなたはどうしてそんなに不器用なの。おかしいね。でも、もういい。ありがとう。お父さんに愛されてるってこと、わかってたから。

 

 

「父へのメッセージ 2017」入選作品発表!|シングルモルトウイスキー山崎|サントリー

 

 

ナスのはさみ揚げって、丸いですか? 長いですか?

「何か食べたいものある?」と旦那さんに聞き始めてから、約1ヶ月。

 

「ナスのはさみ揚げ」ときた。

 

たいてい、わたしの食べたくないものがくるのは承知のうえで聞いている。だから、わかったと言うしかない。料理好きのプライドが、作れない(作りたくない)とは言わない。

 

「どんなの?」と聞くと、ナスに縦に切り込みを入れて、その中に肉を詰めるのだと。ほぉ。料理に関しては、旦那さんよりも信用しているクックパッドさんによると、ナスを輪切りにして、その間に肉を詰めると。ほほぉ。それでいいんじゃない?   勝手に決めた。

 

「はい、どうぞ!」

 

やっぱり違ったらしい。

 

 

半月後。旦那さんの実家に遊びに行く前は、お義母さんから晩ごはんのリクエストを聞かれる。

 

2人で話し合い、「ナスのはさみ揚げ」にした。旦那さんはウキウキ。やっとホンモノが食べられると。

 

「はい、どうぞ!」

 

わたしが作ったものと同じ形だぞ?

 

「昔と違うやん。縦に切ってあったやろ」すかさず、ツッコミを入れる旦那さん。

 

「あぁ、そうやったね!   でもあれじゃあ、肉があんまり入らないんよ」

 

 

 

 

 

 

勝利!!!

 

 

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亡くなった人が降りてきているとおもうのは、おこがましいですか

失礼ながら、彼女の訃報により彼女を知った。彼女を慕う作家さんが投稿していたのを見たからだ。「そんな人がいたんだ」と、その時は軽く思っただけだった。

 

去年の11月。ちょうど私は出産後1ヶ月で精神的にも体力的にもブルーの真っ只中だった。人の話どころではなく、流れていく情報のひとつに過ぎなかった。ただ、その作家さんが旅行先で訃報を知り、チェックアウトの時間なのに崩れるようにホテルの部屋に座り込み、東京に戻ってくる電車の中で、「雨宮さんなら、この気持ちをうまく表現できるのに」と悔しがっていたことだけは、ずっと引っかかっていた。

不眠症なんて自分には関係ないと思っていたのに、夜中に娘のぐずぐずで何度も起き、昼まで爆睡を繰り返していたら、睡眠ペースが乱れてきた。3時になっても目はギラギラ。ぎゅっとつむってみても、頭の中はぐるぐる。こんなときは、あれだけ娘にダメだと言っているスマホを開くしかない。

 

芸能人のネットニュースを見ても、なんだかむなしい。かといって、ツイッターも疲れる。やっと寝入った娘の寝息を確かめながら、ぼーっと天井を見ていると、あのときの記憶がよみがえってきた。「こんなとき、雨宮さんなら気持ちをうまく表現できるのに」

 

検索画面に、名前を入れる。苗字だけで上から4つ目に名前が出てきた。クリックすると、画像とともに「AVライター」の文字。なにそれ。いきなり引き込まれる。スクロールしていくと、死亡の原因についてあれこれ書かれているものがたくさんあった。一通り目を通してみたけれど、どれも似たようなことが書いてあった。結局、公表されていないから誰も真相はわからない。

 

読んだ後、モヤモヤがもっと大きくなっていて、意味のない井戸端会議をしたようで後味が悪かった。それよりも、真実に近いものが欲しい。真っ暗な部屋でスマホの明かりだけが光る。眠れずにモンモンとして、ただ暇つぶしを求めているだけなのに、真実を探そうとするなんてとおかしくなるけれど、彼女はもう亡くなっているのだから、井戸端会議に反論もしないのだから、せめてテキトーな気持ちは少しでもなくしたほうがいいと勝手に正義ぶっていた。

「40歳がくる!」それは彼女が亡くなる直前まで書いていたWEB連載のタイトルだった。連載が始まったのは、亡くなる年の5月。11月になくなった彼女。そのときいくつだったのだろう。見ていた画面を逆戻りし、プロフィールを見る。1976年9月26日生まれ。どきんと心臓がなった。私と同じ誕生日だった。4つ年上。ということは、彼女は40歳で亡くなったのだった。画面を見たまま固まる。

 

誕生日が一緒だった人に会ったのは、生まれて2度目だ。1人目は中学の同級生で、顔までそっくりだったからお互いはずかしいのと嫌な気持ちで、どう接したらいいのかわからなかった。そして2人目。なんだろう。この感じ。誕生日が同じ人なんて確率的にはよくあることらしい。だけど、福岡出身。そこまで同じ? もう止まらなかった。彼女のストーカーになった。ツイッター、インスタグラム、ブログをすべてフォローした。もう更新されることはないのに。まだどきどきする。

それから毎晩、彼女のWEB連載を1記事ずつ読むのが習慣になっていった。眠れない日も眠れる日も毎晩読んだ。ちょうどライティング講座に通い始めたばかりで、書くこととはなんぞや! と悩んでいた私にとって、毎日の心の葛藤を日常のできごとにからめ、さいごはちゃんとオチをつけてサラサラっと書いてある読みものにふれているだけで、自分もそんな人になれた気がした。

 

生きづらそうな日々をこんな風に文字にして、吐き出せるってすばらしい。「この気持ちをうまく表現できるのに」と悔しそうにしていた作家さんの気持ちがわかった気がした。



どんどんのめりこんでいった。福岡で進学校に通い、東京の大学にいくところまで私とそっくりだった。名前が二文字でひらがななのも、勝手に似たものの一つに数えた。本も買った。作家さんが悔しがっていたのは、これだったのかと本当の意味でわかった。心をえぐるような「本当」がそこに書いてあった。

 

悲しいとか、さみしいとか、書いていない。だけど、タクシーの窓にふりかかる雨、恋人の家までコートの中に抱えて持っていったドンペリが他の女にも振舞われていたと知った話は、まるで東京の街で、彼女になったかのような錯覚になり、酔ったような気分で眠りにつけた。彼女を生きている私がいた。どうして彼女は亡くなったのだろう。はじめから決めていたのだろうか。考えても、もうわからない。



わたしは今、彼女のような文章が書きたいと思う。ここまでさらけ出さなくても、と思うほどさらけ出しているカッコいいものが書きたい。「書くことなんて、いくらでも出てきますよ」と誰かに言っているのを読んだ。生きていれば、書くことなんていくらでもある。わたしにはそう聞こえた。でも彼女は亡くなった。もう書けない。

 

勝手で、とてもおこがましいけれど、勝手に同じ誕生日に後から生まれた者のよしみで、あなたを目指させてください。あなたにはなれないけれど、生きている限り、自分が自分になるために書くような気が、今、はじめてしています。

 

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亡くなった人が心に降りてきていると思うのはおこがましいですか?《ふるさとグランプリ》 | 天狼院書店

世界中から、のび太ママがいなくなりますように


「知らんで!」
「あかんで!」
「やめろや!」


きょうだいゲンカであってほしい。その思いはいつも砕け散る。恐ろしくて、ふり返ることもできない。わざと歩くスピードをゆるめ、声の主を確かめる。それはいつも母親なのだ。

 

 

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のび太ママは、いつも怒っている。

身に覚えがある。「あ、それはダメよ! そっちは危ない! こらー! またやったのかー!」私が娘にかける言葉。ダメダメダメのオンパレード。まるでドラえもんに出てくるのび太のママ。のび太ママはいつも怒っている。「のーびーたぁー!」と鬼のような顔で。

 

 

のび太は逃げるだけで、何も反省しない。なぜなら、どうしようもないから。だって、宿題はどう考えてもやりたくないし、マンガはおもしろいし、遊びに夢中になっていたら帰る時間なんて気にしちゃいられないし。

 



のび太ママは、「何回、同じこと言わせるのー!」と怒る。そりゃ、そうだ。赤ちゃんじゃないんだし。言ってることはのび太もわかるはず。だけど、できない。その繰り返し。怒るお母さんと子どもは、いつだってそうなのだ。

  

 

のび太ママは、日本中にたくさんいる。わたしも含め。

昨日、夫と子どもと3人でマクドナルドに行った。日曜日の午後で子連れファミリーが多かった。混んでいる店内を避け、外のテラス席にでると、うちと同じように3人家族が座っていた。途中でお父さんが駐車場に荷物を置きに、席を立った。わたしは子どもにおやつをあげながらふと、その母親に目をやった。

 

 

見てはいけないものを見てしまった。ぶすっとした顔で、腕組みしたままテーブルをにらんでいる。ただならぬ雰囲気。斜め前に座っていた小学4年生くらいの娘は、じっとかたまって動かない。お父さんが戻ってくると、女の子はパッと席を立って駆け寄った。お父さんを見上げながら腕をからめて、2人にしかわからない話を始めた。

 


またある日の夕方、イオンを歩いていると後ろから突然、「やめろや!」と聞こえた。胸に刺さる。母親が息子にどなっていた。その子も小学生だった。男の子はおむつの大きな箱を乗せたカートを押していた。両親は手ぶらで、ただずっと前を向いて歩いていて、その目は笑っていなかった。息子が母親にちょっかいを出したか、カートで遊ぼうとしたのか。頭の中がぐるぐるまわる。一生懸命カートを押しながら、両親を振り返ったときの怯えたような目が忘れられなかった。

 

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母親の目は何を見ているのか

 

なぜ、そうなってしまうのか。人のことは言えない。だからこそ考えなければいけない気がする。そういえば、のび太も小学生。小学生ともなれば言葉が通じるから、言ってることはわかる。わかっているのに、なぜできないんだ! という親の怒り。よくわかる。だけど。

 


マクドナルドのお母さんは何を怒っていたのか。「知らんで! あかんで!」と声が聞こえたと旦那さんに聞いた。またぐるぐる妄想。娘が何かしたいと言った。そんなことしても意味ないと思った。あぶないことなら、どうなっても知らんで。そんなことしたらあかんで。そういう意味だったのかもしれない。胸が苦しい。テーブルをにらんでいたお母さんの目。前を見つめるだけのお母さんの目。のび太ママの鬼のような三角の目。わたしの目は、どうなっているのか。

 


こうして欲しい。こうしたほうがいい。長く生きるほど経験が増えて、目の前にいるわが子が、どうすれば最善なのか、すぐにわかるようになる。やっても意味のないこと、どうでもいいこと、めんどくさいことは時間のムダだからなるべく無くしてあげたい。だから、子どもが違う方に行こうとするとイライラする。だから、そうじゃないんだよ! なんでわからないの! それがトゲのような言葉になって飛び出す。

 

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やってみたいこと、楽しそうなことをわけもわからず、強制された子どもたちが大人になったとき

 

だけど、子どもにとっては初めての経験。やってみないとわからない。お母さんの言うとおりになるかもしれないけれど、やらないことには納得できない。だから、いきなり怒られると怖くなる。怒られる理由がわからないから、おびえる。歯向かえるほどの経験がないから、次の一手なんてでてこない。押し黙った女の子。怯えていた男の子。こわくて逃げ出すのび太。びくっとする娘。

 

 

やってみたいこと、楽しそうなことを、わけもわからず強制された子どもたちが大人になったとき、また同じようにのび太ママになってしまうような気がする。失敗はダメ、おちこぼれはダメ、みんなと同じように。私もそう思っている。子どもをそういう目線でしか見ていない。だからダメダメしか言わない親をしている。

 



優しい心を持ったのび太は、しずかちゃんと結婚して幸せになった。ママの言うことを聞かなくても大人になれるのなら、あんなに怒らなくてもよかったんじゃないかと思いたい。だって、怒っているのび太ママは、いつもイライラしていてかわいそう。

 

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子どもは自分の分身のようだから、子どもが思い通りにならないのは、自分で自分が思い通りにならないのとおなじ?

 

子どもを育てる責任感。身にしみてよくわかる。子どもは自分の分身のようだから、子どもが思い通りにならないのは、自分で自分が思い通りにならないのと同じ気がする。だから余計にいらだつ。のび太ママは、もっと気楽に生きていいと思う。のび太がおちこぼれでも、自分を責めないでほしい。のび太は、のび太なのです。お母さんじゃない。

 

 

命を守るのは親の責任だけれど、そこから先はもう飛び立たせて。子どもはあなたじゃない。だから、あなたの考えとは違うことをする。あたりまえの話。のび太は、どらえもんと一緒に逃げ続けてもちゃんと大人になれた。ママにそれを教えてくれた。そう思ったら、これからはのび太を、わが子を違う目で見られるような気がしてきた。



世界中のママが、子育ての重圧から解放されますように。ほら、のび太はあんなに立派になったんだから。

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ライティング講座で、やっとのやっとでOKがでた記事まとめ

 

ワクワクして生きていいって言ったらどうする?《ふるさとグランプリ》 - 天狼院書店

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夢は黒柳徹子です。 - 天狼院書店

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子どもはひとりでいいよね《ふるさとグランプリ》 - 天狼院書店

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フェイスブックなんて死んでしまえ。 - 天狼院書店

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 「どうしたと?」が言えなくて。《ふるさとグランプリ》 - 天狼院書店

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 不器用すぎる父を許した日《ふるさとグランプリ》 - 天狼院書店

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4月からライティング講座に通っています。2ヶ月目にして、やっとコツがぼんやりつかめた気がします。黒柳徹子さんの記事にも書いたんですが、なにごとも上機嫌にやる!  のが、いい感じ。

 

 

うまい文章を書くたったひとつのコツにやっと気づいた。

ライティングのスキルをあげるため、2ヶ月前から通信講座を受けています。

 

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週に一度2000字程度の投稿を見てもらい、OKがでたらWEBにアップしてもらえます。その他、2週に1度の講義。ライティングにお金をかけて勉強するのは2回目。1度目は、出勤前にもらった朝活のチラシがきっかけでした。

 

 

3時間かけて書いたのに、まったく読んでもらえないメール

その頃わたしは、会社の本部にいて、毎日400字以上の長ったらしいメールを何度も現場の社員に送りつけるという、自己満足だけの仕事をしていました。文字を削っても削っても、どうしても長くなる。はしょりすぎだと上司に増やされる。何時間もかけて書いたのに、まったく読まれずに質問の電話がくる。いかん、これはぜったいにいかん。本部にいる人間として、なんとかせないかん。

 

そう思っているときに、手に取ったチラシ。「思いを伝える」ライティングとあったような気がする。これは何かのきっかけになるかもしれない。書くスキルをプロに学んでみたい。何よりも、伝えたい。この思いで飛び込んでみた講座でした。

 

 

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書くことは生きること、ラブレターを書くように

初日から、この思いは一気にはじけました。きっかけどころか、人生のターニングポイントになった気がします。なによりも楽しい。楽しすぎる。おこがましいですが、書くことが得意だとは思ってもみませんでした。

 

スラスラとでてくる。ためこんでいたものを文字にして目にすることで、心も頭もクリアになる。爽快感がハンパなかった。「ラブレターを書くように」たいせつなことを教わりました。

 

細かいスキルはもちろんたくさんありますが、まずはそこが大前提。特に、書くということは日記ではないので、相手に伝えたい思いがあるから書く。その相手をおもってラブレターのように書く大切さを教わったはずでした。充分にわかったはずでした。

 

しかし、今。4ヶ月の朝活もおわり2年が過ぎました。ブログだけは続けていますが、どうもアクセスが伸びない。そもそも、社員にわかりやすく読みやすいメールを書くことが目的だったのに、それすら忘れている。

 

ラブレターを書くったって、相手が真剣に見てくれる人がいないんだから、まずは自分が書きたいことでしょ、と上から目線に戻っていました。

 

 

得意だと思っていたのに、苦手になってしまった。もうイヤだ。

 

だから、わたしはまた学ぶことにしました。今度は週一の課題への容赦ないダメだしが加わりました。そのおかげで、がんばるどころか、書くことがイヤになりました。

 

得意だと思っていたのに、苦手になってしまった。もうイヤだ。何のためにやっているのかわからない。そもそも、書くことなんて芸術のひとつだし、人に評価されなくたって、自分がいいならそれでいいんじゃないか、今のままでいいんじゃないか。またもや逃げたくなりました。

 

 

だけど、せっかくお金を出しているんだからと負けん気もまだ残っていました。なんてったって、学ぶのは2回目だし。残っている悔しさをバネに、週一の課題だけはこなしました。最初は「あなたの文章は自慢です」「もっと読者のことを考えてください」だったのが、あまり力を入れずに書いたものがポンとOKをもらえたりした。

 

なぜなんだろう。同じように書いたつもりだった。それからまだNGが何度かでた。だけど、また書き続けるとOKが連続してでた。あれ?

 

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人は単純で、あれだけ逃げようとしていたのにOKがでたとたん、他の人の文章まで読みたくなるほど、やる気がでてくる。プロが書いたもの、プロ級のスタッフさんが書いたもの、素人さんなのにアクセスが多く集まっているものを読み比べた。

 

その中で、どんなに長いものでも、最期まで読んでしまうものがいくつかあった。なんだろう。理由が知りたい。ワザを盗みたい。漢字が少ない? ちがう。共感しやすい内容? ちがう。それは、熱量の違いだった。

 

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書くということは、「目的」がある。その目的に対する熱量のちがいだけだった。わたしはそう感じた。いいと評価されている文章でも、これだけたくさんの記事があれば読むかどうか一瞬、選んでしまう。途中でつまらないと感じたら、もう読みたくない。そして、一度閉じてしまったそのページは一生、開かない。

 

最後まで読んでしまう文章は、熱量が小さくならない。むしろ、どんどん大きくなる。小説のように、はやくラストが知りたい。そのために、最後まで指をずらす。

 

ライティング講座でも教わった。途中で読むのをやめるとか、もう開かないというのは、絶対的に相手に主導権があって、だからこそ、書くことは相手を考えるべきなのだと。第1回目に教わったのと同じこと。ラブレターを書くように。

 

 

熱量を形にする力。そのために、突き詰められる貪欲さ

 

しかしながら、またここで立ち止まる。読んでいておもしろいものは、書き手が伝えたいことのほうが圧倒的に胸にどかーんとくるもの。読み手を意識して、こびたような文章はすぐにわかる。この逆説的な感じはなんだろう。徹底的に相手を意識したものと、徹底的に自分の伝えたいことにスポットをあてることは同じなのか?

 

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とりあえずの結論。まずは伝えたいことがある。そのために、どうすれば伝わるかを考える。伝えるスキルが身についている人が書くものは、読む人の胸にどかーんと大砲を命中させられる。つまり、うまい文章を書くためのたったひとつのコツは、熱量。それをを形にする力。それだと思う。書き続けるしか、道はない。