まいにちワンダーランド

~過去をはき出し光に変える毒出しエッセイ~森中あみ

勇気を出したら、それ以上の勇気をもらって書く決意をした。

ライターさんたちと話すチャンスをもらった。

思い切って質問してみた。

「型にはめられた記事を書くのは……ワクワクしない」

答えは意外なものだった。

ここでの会話は他言しない約束だったので、書かないけれども、少なくとも勇気をだしてホンネを言ったことで、それ以上の勇気をもらえた。

ステマ記事と言われるお金をもらって商品を紹介するのがダメだーと話題になったことがあるけれど、それを見て騙されたとか、騙したと損をするのは、やっぱり書いた本人じゃないかな、と思うんです。

自分をだまして書くのは、自分にしかわからない。

ステマ記事だったとしても、見た人がいい! と思ったのなら、それは素直に「ウソだったかもしれないけど、いいと思った」といったん受け入れて、

怒りが湧くのなら、商品価値に魅力を感じたのか、紹介している人物が好きだったからなのか、どっちもなのか、

その上で、「本当はいいと思っていないものを、いいですよーと紹介されたことにハラをたてている」のだから、

そんなことをする人を嫌いになるか、そんなことに使おうとする商品や会社を嫌いななるか、ま、いっかと思うのか、

決めたらいいのだけども、

じぶんにも自分を好きでいてくれる人にもウソをついた事実に一番傷ついているのは、書いた本人さんだと私は思うから、

私は本当を書き続けたいと思うのです。

 

アラフォーママが ルフィ、海賊、仲間 その情報だけで見に行ったら【ONE PEACE FILM RED感想】

「3連休なのにまた雨か…」

体力があり余る5歳児と1歳児を抱えるわが家は、
姉の意向に沿うように休日の予定が決まる。

歯医者、ピアノレッスン、義理の両親の自宅に遊びに行く以外は、自転車の練習、公園、スケボーの練習など外遊びメインの要求にアラフォー夫婦の体力を振り絞って対応する。

どこにも行けない雨の日、娘のやることはYouTubeざんまい。

テロップで言葉を覚えたり、教えていないのに漢字を読めたり、ユーチューバーさんたちにもかなりお世話になっているのだが、休日くらいは親として相手をしてあげないと罪悪感が残る。

それでも雨の日はお助けマン映画館に頼る。

イオンから徒歩2分の好立地とドラマ好きの私の思いつきで、3歳で映画デビューを果たした娘。

まだ早いかも……の不安を吹き飛ばし、クライマックスではイスから降りて通路でエルサを応援。

コロナ前で会場は満席だったが、そこまで興奮しているのは娘一人だった。

それ以来、イオンシネマの前を通るたびに「次は何を見る? あれが見たい」とけっして安くない映画チケットのことなど知らずに、娘の遊び選択肢に映画を見るが入った。

ただ、親としては幸い。

体力を使わない、何を見るかはこちらで選べるので、朝起きて、窓の外の雨を感じたとたんに「映画だ」とひらめいた。

娘にはまだ内緒で、上映スケジュールを調べる。娘にあった作品があるかどうか、それにかかっている。

長期休み期間でもないので、大人向けの映画が10本以上並ぶのをスクロールしながら、見つけたのが「ONE PEACE FILM RED」

正直、ワンピースか……と思った。マンガもゲームも、2歳年下の弟がやっていたのを借りるくらいのモチベーションしかなかった私は、大人になってから流行ったワンピースのことは、主人公の名前と海賊の話だということ以外何も知らなかった。

最近、娘がアレクサに、

「アレクサ、ワンピースの曲かけて!」とせがんだら、「うっせーわ」で有名なAdoの別曲が流れてきて「私は最強」「新時代だ」のフレーズが、いつもはクールを装っているのに実は暑苦しい思いを秘めている私に刺さりまくり、これがワンピースとのコラボなんだと教えてもらったのは覚えていた。

まさかその声を映画館の爆音で体いっぱいに響き渡らせるなんて期待はまったく持たずに行った。

「ワンピースでよかった」

映画が始まったとたん、雨と自分の体力のなさに喜んだ。

音楽でつかみ、ストーリーでもつかみ、これでもかとやってくる展開に私は体を硬くしていた。

たまに隣で娘が、「これ知ってる!」とか、「みてみて!」と自分を見るようにせがんでくるのには苦笑いをしていたと思う。

まったく、子守になっていないよね。

一番の感動は、登場人物の多さとそれらみんなのキャラの濃さ。

俳優さんや芸人をイメージさせる顔立ちも、たまに入ってくるボケもぜんぶが好きのボルテージを上げていった。

「ま、アニメだし、コーヒーでも飲みながら」と持ち込んだコーヒーのせいで、クライマックスあたりからトイレに行きたくなったのは大失敗だった。

ゆっくりなんて見なくていい。

のめり込んで、夕方近くになっても、そこから混雑するイオンスーパーに買い物に行き、娘のハロウィン用の衣装を3件物色し、切れていた万年筆のインクを買い足し、自宅に戻ってすぐに晩御飯を作り、食べている最中にもまだ遊びをせがんでくる5歳児にもボケで対応。

なんて威力だ、ワンピース。

作者さんの身を案じるほどに長く深く続く物語。

好きになりました。

そして、誰もが、違う景色をみながら、同じ悩みに苦しみ、かすかに見える希望に向かって勇気を出すストーリーをわたしも生み出し続けたいと思いました。

ありがとうございました。

 

 

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告白します。私がヨガを教えながら見ているのは、あなたじゃないんです。

タイムマシンがあるなら、昔の私に言ってあげたい。

「大丈夫。いつか自分を信じられるときがくる」

 

 

 

……っていうか、あんた誰?」

冷めた目をして、思春期ど真ん中の私は言うだろう。

「自分を信じる? ダサくね? 未来? よくわかんないんですけど。今でさえ精一杯っていうか、何も楽しくないのに何が未来? 未来になんて自分になんて、期待してないから!」

心の底では叫んでた。

「誰か私を見つけてよーーーーーー!」って。

さみしかった。でも強がるしかなかった。周りを見れば落ち込むだけ。

隣の芝生は青いなんてコトワザ教えてもらったって、何にも響かない。じゃあ、どうしろって言うの?

人と比べないなんてムリに決まってるでしょ。

本当は注目されたい。私はこんな人です! って言える自分になりたい。でも傷つくのはイヤ。バカにされるのもイヤ。

どうしようもない気持ちが今にも爆発しそうなのに、そこにいない人みたいに気配を消して、ただ毎日が過ぎていくのを待った。

10年たっても、社会人になっても世界は何も変わらなかった。大人になればなるほど、人生は退屈になるものだと思っていたし、まさにその通りになった。

職場と家の往復。休みの日は一日中寝てたい。なぜかいつも忙しくて、仕事やプライベートのモヤモヤを消化する余裕もない。だから、いつも情緒不安定。

つまらなさすぎる。どうにかしたい。でも何をどうすればいいのか、わからない。

心の奥底で「はやく見つけて」と叫ぶ小さな自分をずっと無視し続けた。そんなもの見つけても仕方ない。見つけたところで、めんどくさいだけだし。押し込めようとする程どんどん大きくなっている気もした。

そんな時、ふと目にとまったオンラインサロンを知らせるブログ。

「なんか、おもしろそう・・・・・・」

きっかけは、それだけだった。その時の心の重さに比べたら、片手でスマホをポチッと押すなんてカンタンなことだった。

でも今思えば、はじめての行動だったんだ。「なんか楽しそう」とつぶやいた自分の声に耳を傾けてあげたのって。

半年後、「さき、なんか別人になったよね」

友達に言われた。自分でも驚いている。たくさんの仲間に囲まれて、やりたいことが見つかって、休みの日も外に出る。とにかく体験したい! やってみたい! 未来が明るい! 

あの冷たい目をしていた私が、今こんなことを思っているなんて自分でも照れくさい。だから私は友達にこう返す。

「そうかなぁ?」

ちょっと感じ悪かったかも。でも私は変わってなんかいない。ずっと昔からいた私が外に出てきただけ。

ノリだけで入った環境には今まで出会ったこともない「楽しむ大人たち」がいて、スネてばかりの子どもみたいな私に対等に接してくれた。それがとてもうれしかった。

彼らはいつも楽しそうだった。それがとてもまぶしくって、あんな風になりたいとはじめて思った。

「もっと人生を楽しみたい」

私の願いはずっとそれだけだった。でも、どうすればいいのかわからなかった。口に出すことすらできなかった。

あの人たちと私の違いは何? それはすぐにわかった。カッコイイ大人たちは、人生の舵を自分でにぎっていた。そして、簡単にやりたいことを口に出していた。そんな大人たちをボーっと眺めていた私は、家に帰ってひとり言をつぶやいた。

「私もやってみたい」

別人になったと友達が言うのなら、もしかしたらあの時、目や口が付いている外側の私がはがれて、心だけが残ったのかも知れない。

自分と周りを比べるだけの目はいならい。グチしか言わない口もいらない。必要なのは、心。何を望んでいるのかわかれば、その通りに人生の舵取りをすればいいだけ。

じゃあ、どうやったら心の声が聞こえるの?  ノイズに心が乱されないようにするには、どうすればいいの?  スマホをポチッと押したあの時みたいに素直な私のままで、ずっといるにはどうしたらいいの?

本当にフシギな話なんだけど、自分から逃げてるときは何にもやってこない。やってきているかもしれないけど何も感じない。

こわいけど自分に向き合ったら、がんばらなくても欲しいものが向こうからやってくる。私にとって、それはヨガだった。

ヨガは教えてくれる。辛いこと、思い出したくない過去も、すべて心の中にある。それを否定しない。まあるいオレンジ色の光で暖かく包んで、ふうーっと吐き出してあげる。肩の力が抜けていく。

すると、真っ暗で何も見えなかったところに明るい光が差し込む。全身の力がぬけて、ふわふわ浮いている。気持ちがいい。

心は見えないけれど、そこにある。生まれた時からずっとあなたと共にある。

昔の私は、心を知らなかっただけ。目に見えるものばかりにこだわって、かたくなっていた。心は「このままじゃ、つらいよ」と叫んでいるのに、聞こえないフリをしていた。

だって、見えないんだもん。

こわいんだもん。

あたらしい世界に飛び込んで対等に接してもらえたとき、その怖さはなくなった。その代わり、認めてもらえた喜びが生まれた。

それから私は導かれるように、ヨガの先生になった。少しずつではあるけれど、定期的にクラスも持てるようになった。

「なんか軽くなった」

「また来たい」

そう言ってもらえる度に、私はちょっと申し訳なくて心の中でささやく。ありがとう。でも私がヨガを教えながら本当に見たいのは、あなたじゃないんです。

私が見ているのは、あなたの心。

「ほら、そこにあるよ」

どうしようもなかった自分でも認めてもらえた、あの喜びをあなたにも伝えたい。大丈夫。

あなたの心は、あなたの味方。怖がらないで、聞いてごらん。小さく縮こまった心の中じゃ、羽は広がらない。大きく深呼吸して。もっと自由に、羽を広げて。あなたの人生の舵をとっていこう。

「大丈夫。あなたも自分を信じられる。心の声に耳を傾けさえすれば」

 

 

 

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友人をエッセイにしてみました。

平田紗希ちゃんのヨガをはじめて受けてたときのことを思い出しながら書きました。

さきヨガブログ

呼吸や瞑想が特に印象に残っています。

あなたにも「心の脱力ヨガ」おすすめします。

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https://amimorinaka.com/yoga_hiratasaki/20171222

私は自由だと心の中で叫び続けた。縛り付けているのは自分だったのに。

「自信が欲しい」

高校受験をくぐりぬけて、県内トップの公立高校に合格したあたりから猛烈に思うようになった。

私以外の周りは全員、自信をもって自由にふるまっているように見えた。私だけ止まっていて、私の半径5ミリから先は笑い声や、ひそひそ話、声に出さない感情もめまぐるしく動いていた。

私は固くなって、机の下にかくてある本を握りしめる。

タイトルは「自信」

自信が欲しかった。ずっとそう思ってきた。

言い換えれば、自由に生きたかった。彼氏がいれば、結婚すれば、そう生きられると思っていた。

家族以外の誰か、たった一人でも私を認めてくれたら自信をもって、自由に生きられると思っていた。だけど違っていた。不安はいつもつきまとう。

「これをしたら、変なヤツと思われる」

「私なんて」

正しく生きようとした。

誰かに自信をつけてもらうために。

どんどん自信をなくしていった。

表面上では結婚して、子どもを産んで、働くお母さん。順風満帆の生活。だけど、「私はまだ自由じゃない」心で叫んでいた。

今年の5月、夫婦で待っていた2人目を妊娠した。コロナで在宅勤務となった。念願の自宅で仕事。これぞ、私の求めていた自由だ。やっときた。

誰の目も気にしなくていい。パソコンの文字なら感情もわからない。楽しかった。気分がよかった。

妊娠6か月目の検診で「水頭症」と診断された。

はじめて聞く病名だったが、脳に異常があるのかもしれない、無事に生まれてくるかどうかもわからないと言われ、私の自由の城は砂のようにさらさらと流れていった。

染色体異常の可能性、足にも問題があるかもしれない、不安をあおる言葉だけが入ってくる。泣いた。

「私にもこんなことが起こるんだ」

誰かに自信をつけてもらうために、正しい道を選んできた私に、こんなイレギュラーが起こるなんて。

どうしよう、どう思われるだろう。周りの反応で生き方を左右されていた私に突き付けられた、大きな課題だった。

診断を受けた日の翌日。

これが新しい人生の始まりなんだと思えた。これから私が生きていく中で、モノを書いて伝えていくために、この経験はきっと役に立つものなんだと思えた。

今日みたいに動画を取った。長女と話すとまだ涙が出るから、一人で撮った。

「この子は私に何を伝えているんだろう」と聞いてみた。子は、母親を助けるために生まれてくると信じているから。この子を通して、私は私に何を教えようとしているのか。

答えは、2つ

「なんでもスムーズにいかせる必要はない」

「なんでも一人で抱え込まない」

これを手放していく。

つまり、私が欲しいと思っていた自由、自信は私の中にあるんだと。

抱え込んでいたものから解き放たれていく。

「すべての現象は中立だ。いい悪い、ではない」

「コントロールしようとするのではなく、すべてはコントロールできている」

思うようにいかない事態が起きたときに、思い出せるように書き記しておく。

「お母さんは自分の好きなように生きるよ、結果に期待しない、ただただ好きなことをする。起こったことを受け入れる。常にフラットで生きたいと思います」と最後に言う。

私、偏ってたんだね。気づいた。

いいほうにコントロールしようとしてた。人生を。相手がどう思うかも相手の自由。

そういうことなんだ。

ありがとう。

今日もいい日だった。日日是好日

 

愛なんて、もう意味ないと思ってた。

もう限界だった。娘の鼻水がとまらなくて、夜中に何度も起きる日が1週間も続いていた。夫が休みになる日を待っていたのに、せっかくの土曜の夜に夫は友達との鍋パーティに行ってしまった。怒りがおさまらなくて、そのハライセに次の日はマッサージに行かせてもらおうと、夫宛の置き手紙をテーブルの上に置いた。

だけど夜中の12時をまわって帰ってきた夫は次の日、昼の13時まで寝ていた。時間的には間に合ったけれど行きつけのマッサージ店のネット予約画面が「当日予約は電話で」に変わっていたことで、さらにテンションが下がった。

「もういいよ、今日どうするか決めて」

申し訳なさそうな夫に、投げやりに言う。

買い物も晩ごはんのメニューも、すべて私が決めることにも疲れた。できれば、晩ごはんなんて作りたくない。もう15時を過ぎてしまっているし。結局、いつものイオンに買い物に行くことになる。いつも通りの休日。ストレス発散もできずモヤモヤの中、外にでる。しとしと雨が降っていて、なんかムダに落ち込む。

買い物を済ませ、晩ごはんは外食でもなく、肉うどんを作ることになった。いつも通り。娘がぐずらないうちに作り終えようと必死になっているのに、夫はまだ食べるタイミングではないと。はい、これもいつも通り。もう怒る気もない。殺気を感じたのか、夫が着替えも途中のまま、やっぱり食べるという。これもまた、いつも通り。

最近は何もかも、どうせいつも通りでしょ、と乗り越える力もでない。どんなことがあっても愛があれば、乗り越えられる。出産する頃までは信じていた。だって、娘はまぎれもなく愛の結晶だし、これから先も私たちは大丈夫。そう思っていたのに一年足らずで、夫がわかってくれないことも、私の気持ちがいつもふさいでいることも、愛なんて探してもどこにもないことが私たちのいつも通りになってしまっていた。

ずずっ、ずずっ。

リビングにテレビの音と肉うどんをすする二人の音だけが聞こえる。娘はなぜか抱っこをせがんでこない。いつもみたいに娘が間に入ってきてくれたら、むなしい空気もすこしはなくなるのに。

さっさと食べてしまおう。そう思って汁を一口すすったら、あの日のことを思い出した。それは出産の前日。福岡の実家でのリビング。昼もすぎて14時頃だったかな。出血はあったものの、微弱陣痛だからと病院に言われ自宅待機していた。前の晩に緊張したせいで、ガーガーいびきをかいて昼寝から起きた私に母が肉うどんを作ってくれた。すごくおいしかった。空きっ腹に染み渡っていくのを感じた。

結局、その肉うどんが出産前の最期の食事になった。それから約30時間は、ほぼ何も食べられなかった。食べたくても気持ち悪すぎた。つわりがなかったから、吐き気や食事がのどを通らないことが、とてつもなく辛かった。最期の食事が、あの肉うどんでよかった。汁まですすっておいてよかった。また食べられるだろうかと思ったことを思い出した。

「聞いて欲しかったんよ・・・・・・」

なんとなく口から出た。目の前の夫は何も言わない。でも話し続けた。

「ともちゃんの鼻水がとまらなくて、ごはんも食べてくれなくて、またミルクばっかり飲んで、夜も眠れないし、どうしようってずっと思ってて、やっと土曜日になったから相談できると思ったのに、夜いないって言われて……」

夫が顔をあげた。

「そうか……どこかに相談できるとこないの、ほら、いつも遊びに行ってるところとかで……」

「ちがうよ、やすくんに聞いてほしいんよ。答えがほしいんやない。聞いてほしいだけ」

「そうか、わかった」

夫の言葉はいつもよりずっと少なかった。普段ならもっと会話になるはずなのに。わかってもらえてないのかもなと思ったけれど、それでもよかった。自分で自分の気持ちがやっとわかったから。

昨日の夜は、帰ってこない夫にぷりぷり怒りながら、布団の中で「なんでこんなに怒ってるんだろ」と、ひとり言を言ってみた。自分でもフシギなくらい夫への怒りがすごかった。沈めたくて口にだしてみたのに、それでもわからなかった。

でも、肉うどんを食べたあの日の気持ちを思い出したら、するっと言葉がでてきた。「聞いてほしい」ただそれだけだった。マッサージに行きたかったわけじゃない。今あなたの娘はこんな感じで、私はこんなに不安なんだよ、て知って欲しかった。ただそれだけ。本当にそれだけ。そう思ったら、怒りもどこかへ消えてった。

その晩、娘の鼻水もすこしとまった。自分で自分の気持ちを知ろうと思っても、わからないこともあるんだなと知った。これからもきっと、こんなことがたくさんあるんだろう。自分でもどうしたいのかわからないこと。外に出て働く夫と、子どもの成長を気にしすぎる妻の差。

わかってくれない。でも、それで終わっちゃいけない。そんな生活を選んだのは、私たち。そうするしかないかもしれないけれど、それに流されて、受け身になって、仕方ないと諦めるのはイヤだ。わかってもらおうとすることを諦めちゃいけない。ふたりで選んだ生き方だから。

ちょっとだけ歩みよれば、すぐそこに寄りかかれる肩がある。すこしくらい寄りかかっても大丈夫。がんばりすぎるな、わたし。お仕事おつかれさま、夫よ。そして、お母さん、肉うどん、おいしかったよ。

そんなことを考えていると、ずっと引きつっていた頬がゆるんでいくのを感じた。

そして、夫が言った。

「肉うどん、おいしい」

結局・・・・・・愛なんだ、ね。

 

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びわ湖って海じゃないよね

玄界灘と呼ばれる海を見ながら受験勉強をしていた私にとって、湖なんてと見下していた。

テレビにチラッと映ったり、実家に行く途中に見えたりするたびに「びわこですよ」と夫が紹介してくるのも、めんどくさい。

「湖やろ」とそっけなく返す私をおもしろがって、「母なる湖ですよ? この水はびわ湖からきてるんですよ?」とかぶせてくる会話も一連の流れになっていて、最近はなんの感情も湧かない。

海みたいに見える湖なんて、なんかだましてるみたいだし、びわ湖に恨みがあるわけでもないのに素直にすごいねと言えないのは、夫に素直になれない気持ちとよく似ている。

結婚して10年目になる夫とは、婚活パーティで出会った。お互い30歳を過ぎていて「タイミングがよかった」というのが共通の結論。

もっと早くに出会っていたら、なんて淡い思いはなく、もっと早くに出会っていたらゼッタイに結婚してなかったよねとたまに本気で確認し合う。

私たちは「家族ではない誰かと新しい家族になりたい」という同じ思いをもちながら、滋賀と福岡でそれぞれ30数年生きてきた。

誰かと愛を感じたいだけなのに辛くて、さみしくて、だけど諦めたくないから自分を変えようと一人で泣いた経験があった。

くわしく聞いたわけではないし夫も言いたがらないけど、過去を語る言葉の端々から、そんな光景が思い浮かんで、自分のことのようだった。

だから、こんなに人と向き合ってがんばってきた人が、結婚できて本当によかった。夫という人が幸せをつかんだことがうれしくて、人に言ってもあんまり理解されない気持ちになることがある。

婚活パーティで夫と3分話したとき、「この人は私のことをわかってくれる」と直感した。それはまったくハズれていなくて、私がしたいこと、食べたいもの、疲れたときにしてほしいことを今でもすべて叶えようとしてくれる。

そんな夫に素直になれない私は、夫の愛する「びわ湖」に嫉妬しているのだろう。

夫が好きだと言うものは、ことごとくなぜか嫌いになる。めちゃくちゃかけるソース、塩辛いめんたいこ、白くて柔らかい豆腐。

昔は好きでも嫌いでもなかったのに、夫がうれしそうに食べているのを見ると、「体に悪いよ」「歯が弱くなるよ」とネガティブイメージばかりを並べ立ててしまう。

それでも夫は「えー、そやなぁ」と言いながら、好みを変えようとはしない。私だって、たこ焼きもお好み焼きもけっこう好きだし、めんたいこなんて福岡の特産物なんだよ!

夫が好きなものを同じように好きと言えない。

なんか、めっちゃめんどくさいな、私。

「あみちんには、僕しかダメやったよ」とごくたまに夫が言うのも、認めざるを得ないな。

昔の恋愛がうまくいかなかった理由がやっとわかったかも。若かったからとか、遠距離だったからとか全然関係ないやん。

私に合う人は夫だったのだ。

つい最近、びわ湖が大好きだという東京在住の人と知り合った。毎年、びわ湖周りの神社をひとつずつお参りしているのだと言う。

その日が初対面だったので、「私も実家の行き帰りに通りますよ!」と共通の話題を盛り下げないように元気よく返した。

びわ湖って、素晴らしいんだよね。わかってる。歴史も深いんだって、夫が言ってた。

今日、実家に行く車の中で「ねぇ、びわ湖の写真って撮れる?」と夫に聞いた。

「え、どんなの? あそこでもいいの?」と撮影の目的をリサーチしながら、ルートを変えてくれた。そして撮れたのがこの動画。

台風が近づいてて曇り空だったけど、私よりずっと前から夫の側で生きてきたびわ湖のベストショットを探しながら、車窓と夫の後ろ姿を交互に見て、この人と家族になれたことに感謝した。

 

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満月のお知らせは、いつも夫からやってくる

満月のお知らせは、
いつも夫からくる。

「きょうは中秋の名月ですよ」

おふろあがりの私に
グッドタイミングなお知らせ。

濡れた髪のまま、
窓に手をかけたら、
もう空が明るいところが
見えた。

スマホを見ていた
長女を呼んで
「おねがいごとをしよう」と
言った。

私は3つおねがいした。

ぜんぶ、
私以外の家族のことになった。

ついさっきまで、
「やったるでぇ」と
おふろでひとり意気込んでたのに、

澄んだお月さまの光にあたったら、
そんなことより、
家族の未来を願っていた。

だけれど、
それも私が見たい景色。

子どもたちが手を繋いで
緑の中を走るところ、

ただ、それだけの願い。

それだけだけど、
遠く感じてしまうから、
今日は
うんと近くにいてくれる
お月さまにお願いするのだ。

それでいいのだ。

それから、
夫と最後の日まで
健やかでいられるようにと。

あとは、長女の
もうひとつのお願いごと。

おねがいね、
神さま。

やっぱり、
この写真に向かって、
私のお願いごとも
しておこう。

お月さまのような、
誰にでも
分け隔てなく
光を注ぐ人になりたい。

時間になれば、
いつもそこで
輝いている人でいたい。

その光を見た人が、
自分の願いが
叶いそうな気になって欲しい。

まずは私が輝くのだ[emoji:B60]

そして、
夫や子どもたちを
照らすのだ。

 

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