まいにちワンダーランド

~過去をはき出し光に変える毒出しエッセイ~森中あみ

やっぱり私、好きです! もうガマンしない、あなたのこと。

「なに、飲む?」と聞かれて、「もちろん、ビールです!」と即答できるわけもなく。なんせここは、義理の妹の旦那さんの実家だから。京都で旅館をしているそこは、100年近く前からあるのだそう。身内だけの改装記念パーティに呼ばれた。結婚してはじめて、本物の京都の味を知ったのもここだった。こんな人たちと親戚になれたなんて、関西人になれた気がして福岡の両親にも喜んで話した。よく考えたら、私たち夫婦は呼ばれなくてもいいくらいの関係なのに、人をもてなすことに慣れている人たちの中にいると来てよかった、また来たいとアウェイ感も忘れ、いい気分で帰ったのを思い出す。

 

だから今日もひそかに楽しみにしていた。子育てのあいまの息抜きになるのはもちろんだけど、お目当てはごはんと、おそらく振舞われるお酒。注目されるのが好きなくせに、変に気取ってしまう私が、お酒の力で開花したのは大学のゼミ飲み会のとき。夏だった気がする。安い居酒屋でいつも注文する、うすいピンクのチューハイより、大ジョッキに入ったビールを一口飲んだとき、「うまい!」と思った。

 

うまい! うまい! を繰り返していると、いい気分になってきた。目の前にいるタイプではない先輩も、いけ好かない同期も、みんなのことを好きになってきた。ここは私のパラダイス。なんだって楽しい! なんだって言える! いつもは口の手前でもごもごしている言葉たちが、舌の壁もするりとかわして、ポンポン飛び出てくる。それがまた気持ちいいのなんのって。相手の反応なんて気にしちゃいられない。そんなことしてたら、うまい! のリズムがくるっちゃう。

 

うまい! 「いいね、それ!」

うまい! 「なにそれ、わけわからん!」

うまい! 「ぜんぜん、おもしろくない!」

 

いつも言えないことが、お酒の力を借りると陽気に言える。まるで、腹話術師にでもなったみたい。私じゃないわたしが言いたいことを言ってくれる。お酒が飲める体に産んでくれた母と、酒好きな父にはじめて感謝した。

 

だけど、現実はすぐにやってきた。酒に強いせいで、記憶が飛ぶことはぜったいになかった。次の日、酔いが冷めると「なんで、あんなこと言ったんだろ」「やっちまった……」と後悔することも増えた。酒を飲むたびに、それが増えていく。はじめて会った男の人の手をテーブルの下でにぎって離さなかったり、シラフでむずかしい話をしている連中に割って入って、「そーゆーところがダメなんだよ!」と説教を垂れる。相手のまずそうな顔は、今でも覚えている。だから、社会人、結婚と人生の階段を上がるにつれ、セーブしていくようになった。飲んでぶちまけたいことは増えるのに、一時の楽しさに飛び込んでも、どうせ後悔するのがわかっていたから。言いたいことは、酒の力なんて借りずに言うべきなんだ。

 

どうにか飲まなくてもやっていける自分に気づいたとき、「お酒をたしなむ大人」になれた気がして、少しうれしかった。だけどそれは、飲めるけどガマンできるだけで、本当に飲めないときがくるとは。妊娠中はね、そりゃダメだよね。10ヶ月くらいならね、ガマンできる。はい、それ間違い。産んだら授乳があるんです……。

 

ガマンできるはずだったのに、飲んじゃダメと言われると、こんなにもどかしい。約1年半の断酒生活。「あ、私、今ダメなんで」と答えるたびに悲しかった。それにやっと終わりがきた。離乳食が始まった。ミルクよりもごはんをおいしいと感じてきている娘よ、ありがとう! お母さんも、お茶よりビールがおいしいよ! 夫とフロあがりに飲むビールのうまさったら。ほんの少しでも幸せ。やっぱりお酒、すきだ!

 

そう思っていたときに、この誘い。うまいごはんに、酒! キター! 「なに、飲む?」と聞かれたとき、できるだけ心の衝動を悟られないように、「わたし……ビール」と静かに言った。うまく言えた? 言えたみたい! 公の場で酒を飲むと宣言できた! 誰も不信がらない。うまい! ビール、うまいよぉ! もう、とまらなかった。ここがどこかなんて、忘れちゃおう。気を利かせた仲居さんが小声で、「梅酒、ありますよ。ソーダで割ったらおいしいんです」と言うではないか! 目がハートになっていたと思う。目の前に座っている、まじめな義母さんが、「あら、あみさん、何飲んではるの?」と聞くので、「梅酒です、梅酒! めっちゃおいしいですよ!」と陽気に勧める。それを見ていた義父さんが「この子は、えろー、飲めるんですわー」とうれしそうに言う。

 

それを聞いていた誰かが、「はい!」と出してくれたのは、「鬼ごろし」とラベルのついた日本酒。ほんとは焼酎派だけど、そんなこたぁ、関係ねぇ。せっかく出してくれたお酒ですよ。じゃあ、一口。うまい! 水みたい! イケます! 左手に娘、右手におちょこ。一人で二合半は飲みました。あー、幸せ。実家の母が見たら、「やめなさい! もう、あんたは!」とゼッタイに怒られる。だってここは、義理の妹の旦那さんの実家ですよ。

 

ふわふわしていると声がした。「おいしいものは、みんな幸せになるからねぇ」今回、招待してくれた女将さんの声だった。そう! そうですよ! いいこと言いましたね! 楽しかったらいいんですよ! 女将さんはきっと、ごはんのことを言ったのだと思うけど、深くは考えない。うまいごはんに、うまい酒! 優しい家族! これ以上の幸せはありません! やっぱり私に本音を言わせてくれるのは、お酒なんだ。だから、やめられない。これからも、よろしくお願いします!

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