まいにちワンダーランド

~過去をはき出し光に変える毒出しエッセイ~森中あみ

名言とか、アドバイスとか聞き飽きた。

村上春樹さんの小説ではなく、思いとか気持ちみたいなのを読むと「すごくわかる」と思ってしまう。おこがましくてすみません。ブログにタイトルを付けたり、写真をトップに張り付けるのは苦手。もしかしたら、村上さんもそうなんじゃないかな、そうだったらうれしいな。村上さんは、締め切りとか文字数とか決められると書きたくなくなる(書けなくなる)みたいなことをおっしゃってて、それもすごくわかる。だけど、そんなんじゃ仕事ないよなとか、SEO対策とか、読みやすい文章とか、考え始めると書きたくなくなるのです、私も。書きたいのに書けないジレンマをここ5年くらいずっと抱えていて、書かない自分を毎晩責めている。責めるのはやめよう、あなただってがんばっている、だって大変でしょ、子育てしながら、ましてやこんな状況でと言ってくれる人はたくさんいるだろう。相談したことはないけど。だけど、私は書きたい。だけど書こうと思うと、いつものブレーキが自動的に作動して、いやでもこれがあるし、とか後でとか思って、結局寝る時間になり、子どもたちと急いでふとんに入り、次の日になる。たまにこうやって書けるときは、なんでだろう。今は家にひとり。2年ぶりくらいにひとりになった。次女が生まれてからは、次女から離れることはなかった。美容院とかで数時間家を空けることはあっても、夫に任せて美容院に行ってる罪悪感があった。今日は、娘が保育園に行ってるので、うしろめたさはない。だけど、こんな時こそ書かなければ、という充実を求めようとする別の気持ちが湧きあがってきた。そして、心を落ち着けて、ドラマを見たい気持ちを忘れたふりをして書いている。この気持ち、いつまで続くかな。だけど、こんなダラダラした気持ちを私は書いていきたいのだ。名言とか、アドバイスとか聞き飽きた。ただ、そうなんだ、どうでもいいけど、そうなんだ、みたいな人生を残したいんだ。

鼻からミルクを通していた一歳の娘がバナナを半分食べられるようたなったのは、

病院に行く、薬をもらう、それを飲み続けてもダメな時は別のお薬をもらう、それでもダメなら、その子が悪い。

そんな方程式で娘と生きることに疲れていた。ある人に出会って、娘を信じること、私の感覚に勇気を出して従うことを教えてもらった。そして、これまでと反対のことをやってみた。

目を開ける時間が増えた。ごはんを食べられるようになった。まっすぐな姿勢で眠れるようになった。嫌がることが減った。

月に一度、訪問にやってくる言語聴覚士さんが「感動だわ」と言って帰った。前回まで寝たまま、口の周りを触っても嫌がっていた子がバナナを半分食べられるようになったから。

ずっと証明できなかった方程式を京大の先生がやってのけたらしい。

娘の方程式は、いつか誰かが証明してくれるのだろうか。

夢は夢のままで

わたし、きっと子どもが好き。幼稚園の先生になりたいくらいだもん。だけど、仕事にするときっと嫌いになるんだろうな。だから、やめておこう。子どもはやりたい放題だし、こっちのことも考えずに自己主張しまくるし、そんな人間たちをたくさん相手にしていたら、きっとイヤになる。

幼少期の私のくせに、かなり冷静だった。泣きすぎて授業にならないから、と職員室に置かれていた私は、それでも優しかった担任の先生に憧れて幼稚園の先生が、はじめての夢になった。その夢を壊さないために、夢を夢のままに私は41歳になった。

トリプル開運日にパワーを取り戻す、母の直感はぜったいに当たってるから

ごぶさたしてます。

 

とブログの更新がひさしぶりな時にはよく書きますね。だけど、はじめてこれを見る人や、ごぶさたっていうほどの距離感じゃないし、みたいなことを頭で考えてしまうと書き出せないので、こんな気持ちもそのまま書いています。

 

と、なんの話だ。

 

今日は一年でスペシャル大開運日らしいですね。たまたま美容院を予約していたので、ひさしぶりのスタバを片手に鏡の前に座りましたら、担当の美容師さんから教えてもらいました。

占いやら、説明できないけどなんかあるみたいな話が好きなので、へぇ! そうなんだ、とプチ盛り上がりましたが、以前の私よりはすこし冷めた目というか、のめり込まないというか、それはそうとして、みたいな気分があるのです。

以前といっても、つい2日前くらいの話で、次女のレッスンで六甲まで行きました。そこで、説明できないけど、あるもんはある、やっぱりそうなんだと私の中にずっと眠っていた(眠らされていた)感覚を引っ張り出されたことで、世の中の動きじゃなく、まわりの空気を読むでもなく、私がわたしの感覚を信じればいいし、それは頭ではわかっていたけれども、体感として心が反応したことで、

一年のうちでスペシャル開運日?

そりゃそうでしょ、その情報は知らなかったけど、前もってその日に美容院予約してたんだから、いい日に決まってる。さてとって気分になっています。

 

なんかヤな感じ?

 

そんなもんなんでしょうね。同調、波風を立てない、その雰囲気を察する能力に長けているのは生き延びるためなんだけれど、それはただ生きているだけで、心の熱狂はない。

 

熱狂というほど熱くはないけれど、破滅の火のように静かに燃え続ける命のささやき声を聞く人は、耳を塞いでいる人たちからは、やめてくれ、脅かさないでと疎まれるのでしょう。

 

あとひとつ。

 

これがいいよ、こうすべきだよのアドバイスは、聞く側のこちらができる前提でないと、すべてダメだしに聞こえちゃうね。これまで私がそうだった。ダメだから、ないから、アドバイスもらわなきゃのスタンスじゃ、それがずっと続くね。

 

だから、あなたはできないから私がやってあげるよ、と近づいてくる人といっしょにいると、ダメになっちゃうから、そっと離れたいね。

 

親として、子どもに愛を注ぐときにも気をつけよう。

 

そんな日でした。今からお寿司だー、るんるん

 

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自由をモットーに葛藤しながら子育て開始2016スタート
今のところ、順調ですよ! ひらがな、カタカナ、算数は自分で学ぶようになりました。が、幼稚園に行きたくない問題勃発中。さてさて。




お姉ちゃんの4年後、2021年にやってきた妹ちゃんは、水頭症といっしょに産まれてきました。障がい児の母となり、1年。たくさんの出逢いと涙をありがとう。これからも強くつづっていくよ。




そもそもね、京都比叡山で夫と出会ったところから私の人生第二ステージが始まったわけです。2012年。ついに10周年を迎えました。出会った頃のように、はいかないけれど、感謝を忘れないために書いていくよ。




 

 

ずるい生き方/京都にきて10年、最初の出逢いは心屋仁之助さんでした。



読みました。

1ヵ月くらい前かな、ふと思い立って買ってみました。

仁さんにはもうかれこれ10年くらいはまってて、運よくご本人に会ったりもしました。これがご縁で。

悔しいじゃなくて、楽しいで生きる!そう決めたら、英語が話せるようになってた

彼女が仁さんに英語を教えるタイミングで、自己紹介文を頼まれたのです。

はじめてのライティングで、緊張しながらも書いたこれが「毒だしエッセイ」を産みました。

京都に住んだのも、まずはこのためだったのかなと思うくらいのご縁でした。あの事務所に飾ってあった、滝の絵、あれにはすぐに惹かれたなぁ。

すごいぱわーだった。



この写真を撮った日、衝撃のカウンセリングを受けました。

面と向かったカウンセリングではなくてね、

毒だしエッセイ(自己紹介文)を書き上げて、この事務所に連れてきてくれたヘシルが言ったんです。

「この人とかさ、当たり前みたいな顔してここに座ってるけどさ、ついこないだまで、私なんて、とかいって、経沢さんのとき、ぶなんな服きてきたんやし!」みたいなことをね。

チャンスの神様とは、ぜったい友達になれないはずだった 〜前編〜

チャンスの神様とは、ぜったいに友達になれないはずだった 〜後編〜

かいつまんで話すと、ヘシルとの出会いは、経沢香保子さんの講演会。

そこに着ていた服の話。

ほんとうは赤いセーターを着ていきたかったけれど、前日に夫に相談したら、それはちゃう(目立ちすぎる)と言われてグレーのタートルと緑のタイトスカートにしたって話。

 



それをね、15人くらいの仁さんの仲間たちの前で大声で言われて、

「だって、目立ちすぎたらいかんやん!」と返したら、遠くにいた仁さんが「それは赤いセーターを着るだけで、自分は経沢香保子さんより目立つって思ってるってことやろ!」みたいなことを言われて、私は直後に立ち上がって両手を広げていました(天を仰ぐ感じ)

ね、すごくない?

もう恥ずかしいよね。

私、自分のこと、めちゃくちゃすごい人やと思ってるやん。

赤い服を着ただけで、主役より目立っちゃうからーって。

えーーーーーーーーーー

 

そんな仁さんのカウンセラーとしての最後の本。

タイトルはじわじわ、私にきてますよ。

なぜかというとね、もう追い込まれちゃってるから。

今の私はは慢性寝不足、3時間まとまって眠れない生活を3ヵ月続けています。原因は、次女の夜泣き。鼻水がからんで眠れない。そのせいではないと思うけど、長女が幼稚園に行きたくないと言って、今月休んでもう3日目。理由は、お友達との関係らしいけど。

あー、もう限界です。

笑って、優しいお母さんとかしこい妻を続けたかったけれど、もう無理です。

夫にもLINEでぶちまけました。

おにぎりは自分で作ってくれ、土日は早く起きて子どもたちのめんどうをみてくれ、買い物してきてくれと頼みました。

そこでね、この「ずるい」ってのが頭をよぎったんです。

人に頼んだり、ラクをしようとしたり、目立ったり(目立って得したり)は、ぜんぶ「ずるくて」ダメだと思ってた。

辛くて、努力して、それなりにがんばらないと認められないって。

許せなかった。

だけど、もうがんばれないところまできたらね、しんどくて、しんどくて、「ラクしたい」って思った。このしんどさを選んでるのは私だってわかってても、辞められなかったから、ほぼ強制終了ですね。

オリンピックでも、もがいている選手はきっとそれを楽しんでいる。努力して努力して、つらくてそれでも叶わない人生を楽しんでいる。それを見ていて、人はやっぱり笑顔がいいと。涙も素敵だけど、うれし泣きがいい。

わたしももう41歳。

京都に来て10年になります。

京都10周年記念、「楽な人生」を選びます。

「世界一ラクで楽しくて笑っている人」そんな人になります(宣言)

合言葉は、ラクに~

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あなたにもラクになるシャワーを差し上げます。

幸福はすぐそこに。