まいにちワンダーランド

~過去をはき出し光に変える毒出しエッセイ~森中あみ

びわ湖って海じゃないよね

玄界灘と呼ばれる海を見ながら受験勉強をしていた私にとって、湖なんてと見下していた。

テレビにチラッと映ったり、実家に行く途中に見えたりするたびに「びわこですよ」と夫が紹介してくるのも、めんどくさい。

「湖やろ」とそっけなく返す私をおもしろがって、「母なる湖ですよ? この水はびわ湖からきてるんですよ?」とかぶせてくる会話も一連の流れになっていて、最近はなんの感情も湧かない。

海みたいに見える湖なんて、なんかだましてるみたいだし、びわ湖に恨みがあるわけでもないのに素直にすごいねと言えないのは、夫に素直になれない気持ちとよく似ている。

結婚して10年目になる夫とは、婚活パーティで出会った。お互い30歳を過ぎていて「タイミングがよかった」というのが共通の結論。

もっと早くに出会っていたら、なんて淡い思いはなく、もっと早くに出会っていたらゼッタイに結婚してなかったよねとたまに本気で確認し合う。

私たちは「家族ではない誰かと新しい家族になりたい」という同じ思いをもちながら、滋賀と福岡でそれぞれ30数年生きてきた。

誰かと愛を感じたいだけなのに辛くて、さみしくて、だけど諦めたくないから自分を変えようと一人で泣いた経験があった。

くわしく聞いたわけではないし夫も言いたがらないけど、過去を語る言葉の端々から、そんな光景が思い浮かんで、自分のことのようだった。

だから、こんなに人と向き合ってがんばってきた人が、結婚できて本当によかった。夫という人が幸せをつかんだことがうれしくて、人に言ってもあんまり理解されない気持ちになることがある。

婚活パーティで夫と3分話したとき、「この人は私のことをわかってくれる」と直感した。それはまったくハズれていなくて、私がしたいこと、食べたいもの、疲れたときにしてほしいことを今でもすべて叶えようとしてくれる。

そんな夫に素直になれない私は、夫の愛する「びわ湖」に嫉妬しているのだろう。

夫が好きだと言うものは、ことごとくなぜか嫌いになる。めちゃくちゃかけるソース、塩辛いめんたいこ、白くて柔らかい豆腐。

昔は好きでも嫌いでもなかったのに、夫がうれしそうに食べているのを見ると、「体に悪いよ」「歯が弱くなるよ」とネガティブイメージばかりを並べ立ててしまう。

それでも夫は「えー、そやなぁ」と言いながら、好みを変えようとはしない。私だって、たこ焼きもお好み焼きもけっこう好きだし、めんたいこなんて福岡の特産物なんだよ!

夫が好きなものを同じように好きと言えない。

なんか、めっちゃめんどくさいな、私。

「あみちんには、僕しかダメやったよ」とごくたまに夫が言うのも、認めざるを得ないな。

昔の恋愛がうまくいかなかった理由がやっとわかったかも。若かったからとか、遠距離だったからとか全然関係ないやん。

私に合う人は夫だったのだ。

つい最近、びわ湖が大好きだという東京在住の人と知り合った。毎年、びわ湖周りの神社をひとつずつお参りしているのだと言う。

その日が初対面だったので、「私も実家の行き帰りに通りますよ!」と共通の話題を盛り下げないように元気よく返した。

びわ湖って、素晴らしいんだよね。わかってる。歴史も深いんだって、夫が言ってた。

今日、実家に行く車の中で「ねぇ、びわ湖の写真って撮れる?」と夫に聞いた。

「え、どんなの? あそこでもいいの?」と撮影の目的をリサーチしながら、ルートを変えてくれた。そして撮れたのがこの動画。

台風が近づいてて曇り空だったけど、私よりずっと前から夫の側で生きてきたびわ湖のベストショットを探しながら、車窓と夫の後ろ姿を交互に見て、この人と家族になれたことに感謝した。

 

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